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2006年3月30日 (木)

割り箸事件無罪判決に、宇江佐真理の「おろく医者」を思う

割り箸が喉に刺さり命を落とした子供に対する医師の責任を問うた裁判に、先日判決が下りました。医療的な過失を認めつつも、「無罪」との判決でありました。

事件の概要をざっと記しますと、あるお祭りの日、転んだ拍子にわたあめの割り箸が喉に刺さってしまった男の子が病院に運ばれ、医師の手当を受けます。その医師は塗り薬による治療を施しただけで、子供を自宅へと帰しました。しかしこの割り箸、実は喉の奥深く迄突き刺さった状態で体内に残っていたのです。翌日その子の容態は急変し…命を落としてしまいました。後で分かった事ですが、割り箸は喉を突き抜け小脳に迄達していたそうです。

その医師の責任を問う裁判。結果は「無罪」。理由としましては、「治療内容に不十分な点はあったものの、事件との因果関係が強いとは言えない」との事。男の子の容態は深刻なものであり、たとえ適切な処置が為されたとしても命を救えたかは難しい…よって法による"罪"は認められない、という判断の様です。

恥ずかしい話、私がこの事件を知ったのは判決直前でにわかに世間の注目が集まりだした2〜3日前の事でして。その間知り得た事は事件のあらまし程度でしかないのですが、それでも何となく無罪って事はないだろうなと予想をしていました。
ですので今回の判決には、少なからぬ驚きがあり…感情的に思う所もいくつか出てきてしまいました。

その事でふと思い出したのが、先日読み終えた本『室の梅 おろく医者覚え帖』(宇江佐真理著/講談社文庫)という小説の一幕です。

「おろく医者」とは、この物語の主人公・美馬正哲に対する人々の通称でして。そう呼ばれる所以でもある彼の仕事は、江戸の町で発見される「おろく」こと死体から死の状況・原因を解明する事…今で言う検屍官の様なものでしょうか。その人がいつ、何により、どんな状況で死に至ってしまったのか…死者の想いを汲み取る様に、丁寧につぶさに真相を解き明かしていく正哲の姿を描いた短編集です。
そこに産婆を務める妻のお杏、真っ直ぐな岡っ引き風松、凡庸な同心深町…といった個性溢れる人々も登場し、彩り豊かな人間模様を作中に添えてくれてます。

思い出した場面は、短編「山くじら」での出来事から。
岡っ引き風松と共に行きつけの屋台へ足を運んだ正哲は、店の親父の幼い息子が具合悪そうにうずくまっているのを目にします。その様子から肝臓疾患の気があると見てとった正哲、しかし気には掛けつつも、この時は親父に医者を紹介するだけでその場を去りました。その内に子供の病状はどんどん悪化し…様々な治療も実を結ばず、残念な結果を迎えてしまいます。正哲はある死因調査の席で、変わり果てたその子供の姿を目にする事となり…自らの浅慮を悔やみ、救えなかった子供に対して強い自責の念に駆られるのです…。

「どの道助からない命だった」と慰める風松に、正哲は「だから見過ごして良いという話ではない」と強く言い放ちます。まるで自身に戒めるかの様に…。
何も出来なかったかもしれない、変わらなかったかもしれない、でも…あの時医者としての「誠意」を尽くす事は、出来たかもしれない。それが子供に、僅かでも「救い」を与える事が出来たかもしれない…。正哲のこの嘆きの姿には、医者として真剣に生きようとする者故の苦しみを感じ取れる気がします。

悔しい、悲しい、かわいそう…人間が持つ数多の感情を、裁判の様な法の裁きの場に持ち込みだすとキリがないのだとは思います。確かに今回の割り箸事件の場合、争点となるべきは「治療と死の因果関係」であり、恐らくは色々な状況を踏まえた上で子供の死を「仕方のない事だった」と判断したのでしょう。それ以上の事を、法廷で扱うには自ずと限界があるのかもですが…。
只、「仕方のない事だった」という言葉は、尽くせる手を全て尽くして尚どうにもならなかった時の言葉だと思うんですよね…。今回の判決を受けて「判決には満足だが、治療が不十分とされたのは残念」と話したこの医師に、子供の事を「仕方ない」と口にするだけの資格はあるのかどうか…感情論ですが少し考えてしまいました。

最後に、紹介した短編「山くじら」での場面より、風松に言った正哲の言葉を抜粋。

「人はどうせ死ぬんだ。それだったら医者の手当もいらねェはずだ。手当って何んだ? ん? よっく考えてみろ。苦しむ者を少しでも楽にしてやることよ。それが医者の務めよ。見たろ、あの餓鬼。腹に水が溜まってぱんぱんになっていた。飯を腹一杯喰って苦しいと言う奴は泰平楽だと思うがよ、それが四六時中続くとなったらどうだ? こいつは地獄だぜ。あの餓鬼は小さい身体でそれに堪えていたんだ。おれは切なかったぜ。心底切なかった。もしもお前ェの餓鬼があれだったらどうする?」


今回判決を受けた医師に、果たしてこれ程の悩み苦しみはあったのでしょうか。無粋乍ら、つい思わずにはいられませんでした。

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No.22 小児貝さんのコメント | 2006年04月08日 11:58 | (Top)

私も小児医療に長く関わってきましたが、この一件くらい奇妙な症例は診たことがありません。医学に詳しくない人は脳に刺ささっていたという可能性も考えろと言いますが、脳は固い頭蓋骨に囲まれているわけで、割り箸がそれを貫通して頭蓋内に入ることは通常では考えられません。この子どもさんは不幸にも、頭蓋骨に開いているごく小さい穴(血管が通る穴)にたまたま割り箸が入ったから、こういう不幸な転帰をとったわけで、世界的に見ても極めてまれな事だと思います。例えて言えば、サッカーボール大の硬い球形のものに、1cmに満たない穴が開いている。その球に箸をめくらめっぽうに突き立てて、中に入る確率はどのくらいあるでしょうか?しかも箸の先が見えているわけではない。球の中に入り込んでしまえば、肉眼的には見えません。脳障害を強く思わせる特異的な症状も受診の時点では出現しておりません。なお、CTを撮っていてさえ、この箸を発見することは難しかったと思います。我々専門医が見ても、恐らく100名中99名は診断できないでしょう。

No.24 無い貝さんのコメント | 2006年04月09日 17:05 | (Top)

>割り箸をくわえた状態で前のめりに転倒した場合、割り箸が垂直方向に、つまり相当の強度を発揮する角度で、しかもかなりの力でのどに突き刺さることが想定されるということ指摘したものです。素人考えとしては、このような状況が生じれば、のどに相当重い損傷が生じる可能性があるのではないかということは想定内のことではないのでしょうか。

モトケンさん,こんにちは.図らずも,おっしゃっていただいたとおりです.相当重い損傷が「のど」に生じえます.しかし,あくまでも「のど」なのです.解剖学的に,脳や脊髄は,頑丈な骨や靱帯に守られていて,アイスピックのような固い物でなければ,骨,靱帯を破って頭蓋内にはまず到達しえないでしょう.この症例では,本当に運悪く,頚静脈の通る小さな穴に割り箸の先端がはまりこんだために脳が傷害されたのです.それを,何の前情報もなく推測するのは非常に困難だったはずです.
一方,喉に重い傷害があったとしたら,脳神経,動脈,静脈の損傷によって麻痺や内出血が認められるでしょうが,これらは診察では認められなかったようです.したがって,喉に傷害があっても軽度と判断したとしても,おかしくないのです.

人の体には,この症例のように突拍子もないことが本当に起こります.人の生き死には人知を越えています.臨床医としての経験を積むほど,嫌というほどこれを思い知らされますが,そうでないと,これが分からないのです.悲しいことに,ここに,医師とそうでない人との大きな隔たりがあると思います.

初めまして。
貴重なお話、有難うございます。

確かに刑事的に有罪か無罪か、と問われれば、このケースは「無罪」とされてしまうかもなぁ、とは感じます。
医学的な事にはとんと暗いですが、治療出来るのに怠った結果招いた死という訳ではないみたいですしね。

ですのでこれは完全な私の感情論なのですが。
偶然タイムリーな時期に、フィクションとは言え医者の心意気みたいなものが漲っている作品に触れたものでして。ついあれこれ思ってしまったのでした。
今に比べて技術が拙くても知識が乏しくても、人間に対する強い想いというのは負けてなかったよなぁ…と、しみじみ感じてしまったんですよね。小説の世界ではありますが…。

それでは、失礼致します。

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