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2006年10月 4日 (水)

帚木蓬生著『閉鎖病棟』

シェアブログ1152に投稿
タイトルパッと見の想像と読後の感想は、多分半分だけ合ってます。その名の通り、舞台は病院で中心人物は入院患者。けれど無機質で冷たいタイトルとは裏腹に、物語には人間の血が通っていました。
 
 
舞台は病院。ですがそこは所謂「精神病院」の類に属する病院です。
ここにいる人々の多くはこの病故に身内から厄介者扱いされ、それぞれの生活から引き離されてやってきた人ばかり。半ば押し込まれる形だったり、行き場を失ってようよう最後に辿り着いた場所だったり…。
そんな社会から一方的に爪弾き者にされた人々を、この作品は他ならぬ「患者」の視点から描いているんですね。淡々とした筆が人物達に肉付けをしていく様を…いつの間にか吸い込まれる様に追いかけていました。
 
 
始まりは後に主要となる人物達のエピローグから。それらが唐突に終わると、舞台は早速「病院」へと移って…慌ただしい朝の風景が始まります。
朝5時半から響きわたる勤行、ベルが鳴るや否やモップ片手に水掛けを始める男性、薬の副作用で首が捻れた人の挨拶、端の蛇口から順に水を飲んでいく女性…。正直相当の理解がある人でないと、この光景を即座に受け入れる事は難しいんじゃないでしょうか(汗)。事実私は挫けかけましたが…。
 
ですけどね、直に気付き始めるのです。この違和感は、普段から無意識に物事へ「意味」を見いだそうとしている習慣の所為なのだと…。
 
何故早朝人の迷惑省みず大音声で勤行を唱えるのか?何故女性がわざわざ前髪を毛抜きで抜くのか?何故1日遅れの新聞を、死亡記事だけ声高らかに朗読するのか─?文中一応の解釈が付いてきても、それらはおよそ私達の納得を促す「意味」にはなりません。そしてこの「意味」が掴めない人間の行動に、私達は自然と恐れを抱くのです…。
 
でも実はそれは、彼らが或いは私達以上に持ち合わせている「純粋さ」故の行動であるんですね。自分の心赴くままに行動出来る「自由さ」とも言うか。
通常私達は、個人差こそあれ何か為す時はその理由、合理性、周囲の反応…等に頭を巡らせて、行動に移します。しかし彼らはこの過程を極端に端折るので、心→体がダイレクトに繋がっているか如くに行動するのです。
それは確かに唐突に見えるかもしれない。けれど同時に、彼らの行動に打算や含みがない事…真に「裏表ない」様子が伝わってもくるのです。
だから、他者への好意もありのままに示せる。衝突や諍いが起こっても、悪い事をしたと心から反省し、その後は又気後れなく付き合える。
私達が普段つい素直に表現出来ない感情でも、彼らはいつだって体全体で示しているのです。
 
そうやって考えると、人間として「小さい存在」なのはどちらかなぁ、とも思ったり…。彼らの前で、自分は胸を張れるだけの行動をしてきたのだろうか、と身につまされたりもしました。
 
 
そんな彼らを描き出す筆致が、これ又何とも秀逸なんですね。視点が常に入院者の側にある発想もなんですが、彼らに対する余計な色眼鏡が感じられないのが又凄い。
只黙々と進んでいく描写、そこには理不尽な蔑みがないと同時に、過剰な美化もありません。「精神病」を訳の分からぬ奇病と置かない分、それを理由に行動を正当化する事もないのです。
何処迄も「一個人」として向き合う姿勢…偏見も同情もないからこそ、伝わるあたたかみがありますね。
 
その様を良く表す印象深い表現が、次の様な文章です。(以下、帚木蓬生著『閉鎖病棟』/新潮文庫より抜粋)

患者はもう、どんな人間にもなれない。秀丸さんは調理師、昭八ちゃんは作男、…(略)という具合に、かつてみんなは何かであったのだ。…(略)
 それが病院に入れられたとたん、患者という別次元の人間になってしまう。そこではもう以前の職業も人柄も好みも、一切合財が問われない。骸骨と同じだ。
 チュウさんは、自分たちが骸骨でないことをみんなに知ってもらいたかった。患者でありながら患者以外のものになれることを訴えたかった。

…この内なる叫びには、心底はっとさせられましたね…。普段知らぬ内抱いてしまう先入観にずばり釘を刺された気がして、暫し呆然としてしまいました。
 
 
著者は現役(今も?)の精神科医であるそうで、この発想は日頃の環境に依る所も大きいかもしれません。でもやはり…職業に加えて、著者自身の人柄がこの作品には反映されている気がしますね。
こうも誤解を恐れずに、この世界を描き出せるのって…心の中に一本芯が通ってないと、なかなか出来ない所業だと思います。
 
 
基本的に時はゆったり流れ、日々はつらつらと描かれていきます。
不登校で通院中の女子中学生と、チュウさん達入院者との穏やかな交流もひとつの軸となり、毎日は至って平和に過ぎていました。ある「事件」が起こる迄は…。
 
 
この「事件」から先、物語はゆっくりと人々の「想い」に沿って流れていきます。焦りも、悩みも、苦しみも…人が紡ぐ先に在る「救い」が、感じられる展開になっていますね。
そして歩みを乱さぬまま…最後は静かなぬくもりで包まれ、心地良さが胸中に残ります。
 
 
この本を読んだ事で、実際に世の精神病の方々への視線が変わった…と言える程には、私はまだ理解を深められていません。
けれど、彼らをこれだけ近い位置でみる感覚を得られた事、余分な価値観を読んでいる間だけでも払拭出来た事…貴重な作品に出会えたと思っています。
 
 
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