カテゴリー「歴史・時代書籍」の21件の記事

2008年8月 9日 (土)

北方謙三著『三国志』 五の巻 八魁の星

前巻迄は、何かしら「~との戦い」と表現出来る芯、そして激突へ…となるメインシーンが各巻にあった感じでしたが。この巻ではその辺少し小休止ですかねー。
曹操の袁家攻略が一応の中心と言えそうですが、官渡ですっかり立場逆転した相手を今度は平らげる形になってますのでまぁー、それ程緊迫感は伴ってないですし。孫権体制を急ピッチで固める揚州も、だいぶ様にはなってきてますがまだアイドリング中といった様子です。
他は袁紹が曹操に圧されていくのを歯噛みする思いで堪えていたり、漢中の張衛が冬季限定の武者修行の旅に出始めたりラジバンダリ。後劉備が劉備スマイルで徐庶を悩殺してたりラジバンダリ(してないです)。
 
 
と、いう感じなので、私的な今巻の見どころは八門金鎖の陣を破れ!!のシーンと張飛の嫁取り騒動、といった具合でしょうかー(騒動なのか)。
 
  
 
官渡にて、圧倒的兵力差のある袁紹軍を見事に打ち払った曹操。彼自身も正直生きて還れるか確信を持てなかった位の、正に”決戦”…と言える戦いでした。
まだ袁紹本人は生きており、息子ら血族達も各州で曹操の進撃に備える構えを見せておりますが。やはりこの”決戦”を制した効果は大きく、流れも勢力も徐々に曹操側へシフトし始めているのが現状ですね。
更にはこの圧力と悔しさがもたらす心労からか、袁紹の身体を病魔が蝕みつつある模様…。何とか堪え抑えていき乍ら、河北の事は息子達や一族という「血の結びつき」に委ねる考えを改めて固めます、が――。
…かねてより彼が、その盤石さを信じて疑わなかった「血の結びつき」が如何に醜く脆いものか。残酷にも袁一族の手によって、露わにされていく事となるのです…。
 
 
この袁家体制の瓦解、作中で指摘されていた後継をきっちり決めておかなかった…というのも確かに原因なのでしょうが。それに加えて、何となく袁紹や息子達が持っていた「名門袁家への奢りと過信」が見抜かれていたのもあったのでは、と思います。
思えば河北四州を攻略している頃から、彼らの心の片隅には常に「だっておれ達袁家よ?」という気持ちが存在していた感じでして。いずれは皆袁家の名の前に膝を屈するしかないんだぞー、と言ってみれば高を括っていた印象があったんですよね。特に袁術はそれが又顕著でしたが、袁紹も官渡前にはそんな本音が結構表に…。
その様子は当然、他の諸侯達にも勘づかれていたと思います。しかし何せ相手は「名門袁家」、真っ向勝負を挑むなんて敵わないし、ってんで軍門に下らざるを得なかったのでしょう。そう、曹操という”台風の目”が登場する迄は…。
 
その台風に、河北もろとも袁家が飲み込まれようとしていた時。周囲には元々の家臣の他にはその危機に馳せ参じる!!という人物はおらず、寧ろ日和見主義な者だけでなく有能な者も次々と去っていってしまった――。これが本当の意味での、「名門袁家」の現実を象徴していた様な気がします。
曹操のストイックなカリスマ性、劉備の不思議に人を惹きつける天分の様に、袁紹はネームブランドによる安定感、というのがひとつのアピールポイントだったと思うのですが。そこを崩されてしまった時、袁紹は他に多く人を繋ぎ止めておけるものを見せる事が出来なかった…と言えるかもしれませんね。とりわけ烏巣を攻められてから先の彼の振舞いは、張郃ら実直な者達の心を離れさせてすらいました。
それでもまぁ、審配の様に曹操も思わず目を瞠る猛者も彼の元には残っていたので…家名だけでない何かも、やはり持ってはいたのでしょうけど。
 
 
こんな調子である程度は曹操の読み通り、内部から崩壊していった袁家一派。後は締め上げて干すだけだ、と曹操も考えてはいるのですが…。
これだけ峠を越えても尚、気を抜かず隙を見せずに自ら確実に潰していく。この頃の曹操には、自身の有利を得た後でも最後迄徹底的に叩きのめすだけのバイタリティがあって、何だか生き生きしていますね。まぁ周囲は当然、働き過ぎてる彼の姿に気が気じゃないのですけど…。それだけ袁家の血と名を怖れていた訳です。
後何となく思うのは、曹操自身ふんぞり返っていた袁紹を滅ぼしたからか…自らも彼の様に弛んでしまう事を怖れる様に、がむしゃらに「行動的」になっている感じもしなくはないです。自分はこうはなるまいよ、なってたまるか、と言わんばかりに――。
見ていると曹操は、一寸駆け足な位にぐんぐん歩んでいる時の方が調子良い様に見受けられますので。案外こうしてせかせか気を張ってる方が、性に合ってるんじゃないですかねー…って、それでは休まる時がないですか(汗)。
 
 
…おぉっと、この辺りは小休止ーなんて言ってた癖に結局がっつり語っちゃいました(沈)。
後は最初に挙げた、私的見どころについても一応…。こちらはどっちか言うと局地的なツボポイントの話になるので、まぁ適当に叫ばせて貰います(笑)。
 
 
先ずは劉備軍再び曹操軍と相まみえ、八門金鎖の陣という袋叩き必死の陣形を敷かれて絶体絶命!!に陥った場面。ここで劉備は、またしても「人の縁」によって救われる事となるのですねー。
その場にいたのは、徐庶という非凡な才持つ自由人。軍学に秀でてはいますが特に何処か腰落ち着ける事もなくふらふらしており、この時も友人である伊籍の元へ久々の再会がてら少々ご厄介になろうかなー、程度にぶらり荊州へ立ち寄っただけでした。そこで伊籍に促され、文字通り興味本位から劉備と対面してみた訳なのですが…。
さして大層な人物とも見えない劉備という男、しかしその笑顔に何故か心がざわめいてしまう…フフフそれもう劉備玄徳のモテオーラに絡め取られてしまってますねー(謎)。赤い実はじけちゃってるのですよもう既に(更に謎)。
この時の自分でも良く分からない感覚に動揺する徐庶、八門金鎖攻略の緊張感とも対比されてとても人間っぽく好感を抱きました☆それ迄の飄々とした雰囲気とのギャップもたまらんです~。徐庶のフリーダムな姿勢好き。と言うか伊籍とのさりげにゴールデンコンビな所かなり好き。
間もなく何でも欲しがる曹操さんちが横槍入れてきちゃいますが、その時に徐庶が残した「置土産」、が又粋なものでしたー!!いよいよ次巻以降…!!って感じですか!!

 
 
それから義兄弟の末っ子、張飛にも思わぬ「人の縁」が舞い込んできました。招揺という立派な馬を乗りこなす男勝りな女性、董香です!!
こちらも又、自分の中に芽生えた感情を掴みきれず戸惑う様子が…。面と向かっているだけでどうにも落ち着かず、心が妙にくすぐったい…いったい何なんだ!?と考えている事自体が既に心惹かれている証拠なんですよー(知った様な口を)。彼女の声を聞いた瞬間、酒の味すら分からなくなる位狼狽える張飛は非常にかわいかったです♪
今迄にない冷や汗をかきつつ、いつもと違った度胸を振り絞って(ここ憶測ですが)心通わせた人生の伴侶です。末永くお幸せに~。
 
 
 
さ、5巻も相変わらずのボリュームでお送り致しました…スミマセン(平謝)。
今の時点でこんな調子じゃ、赤壁の辺りなんか一体どうなってしまうのか。…寧ろ的が定まってスッキリまとまるのかもしれませんが(あり得そうな所がまた)。
 
 
 
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2008年8月 7日 (木)

北方謙三著『三国志』 四の巻 列肆の星

お久し振りです。
そして超~~久々に、北方三国志感想、いってみまス!!
クソ蒸し暑い日々を吹き飛ばすには、クソ暑苦しい漢達の世界に没頭するのもひとつの手段ですよね~(そうでもない)。
逆の発想です(どうと言って逆でもない)。
 
 
えー、前巻の3巻感想書いたのが昨年の10月、とまぁ物凄い放置ぶりかましてしまいましたが…。
あの後多少(?)の間を置いた後に、実は一気に赤壁迄突っ走っておりました(笑)。
ので随分と、現在地点と感想地点の差が生じてしまってますが…。ま、一応地道に1巻ずつ語っていこうかと思いまっす。
 
 
この4巻の最大の山場…は、やはり曹操vs.袁紹の「官渡の戦い」でしょうねー!!
前巻にて強敵・呂布を打ち倒し、漸く周囲の勢力達へ目を向ける態勢が整えられる様になった曹操。やはり先ず狙いを定めたのは、圧倒的兵力とネームブランドにて河北四州を統一した袁紹でありました…。
互いに相手に対し、あれを長くのさばらせる訳にはゆかぬ、といった思惑がある様子ですね。
 
しかし曹操の側は、決していまだ盤石な構えで臨める訳ではありません。外は北の袁紹以外にも南に孫策、南西に劉表、ついでに劉備は相変わらずちょろちょろしており…更に内に目を向けても、保護している帝が不穏な動きをし始めたり~と、なかなか一方向に集中出来ずにいるのが悩み(頭痛)のタネです。
対して袁紹は、どーこかどっかり胡座をかいている余裕の構え。曹操が真ん中に陣取ってくれてるお陰(??)で他に脅かされる外敵もなく、一先ず眼前の曹操を潰してそれから順繰りに下っていけば良いやーって具合に割とのんびり、したたかな姿勢で向き合っているのです。おまけに三十万にものぼる強大な兵力。
今明らかに勢いがあるのは、連戦に次ぐ連戦で勝利し続けている曹操。しかし流石に殆ど倍の兵力差ある袁紹相手では…と、周りの目は自然袁紹有利、の見方へと傾いていくのでした…。
 
 
要はそんな袁紹にとって唯一付け入る隙である「油断」。ココを崩し所とした曹操軍の気合い満タン先手必勝方式に、どんどん気持ちが盛り上がっていく展開でありました!!
曹操らしく緻密に、慎重に事を組み立てていく姿勢は勿論あるのですが。しかし何せ相手は倍の兵力ある巨大勢力、緩みや隙はそこここにあるものの、何せ足場の規模が大きいだけに迂闊に仕掛けられない状況。おまけにこちらの内部では帝や「鼠」がこそこそうるさい。劉備も何かと視界の隅をさささと掠めて何か鬱陶しい(…)。
そんな不利な条件ばかりが揃う中、最後は何が曹操を挫けさせなかったのか――。それやはり気合とど根性、でありましょう。野心なんて小綺麗な言葉だけでは言い表しきれないと思います…。
どう足掻いたって倍の兵力差は埋まりっこないんだから、やるだけやって考えるだけ考えてそしたらもう突き進むしかないんでしょ、と。後はもう意地で。気迫で。根性で。そうど根性は理屈を凌駕するのです(どーん)。元気があれば何でも出来る(それは猪木)。
…なんて茶化して言っちゃいましたが。曹操の上手い事開き直った「勢い」と、変わらず両立している「冷静さ」、…それ故にもたらされたと言える、許攸が持ってきた「好機」――。これらの合わせ技がやがて、袁紹を「単にデカい顔してる傲慢男」へと引きずり落とす事が出来たのだろうと思います。
 
 
こうして「気付けば」追い詰められていた袁紹。そう気持ちさえ引き締めていれば察知出来る場面は幾度もあったのに、それに目を向ける気すら起こさなかった彼は正に「気付けば」曹操の勢いに完全に押し流されていたのでした。それ程迄に、袁紹は自らの兵力と家名に溺れていた…と言えるのでしょうね。
袁紹に仕える者達の優れた人物から順に、彼の虚飾にまみれた姿に気付いて失望していき…やがては袁紹ひとりが踊り続けている様は、何だか滑稽でありましたね。張郃・高覧の冷たい視線を感じ取る事もなく、唾を飛ばさんばかりに下知を飛ばす袁紹の姿は、必死であればある程どうにも惨めで何やら寒々しい印象を残しておりました。
 
 
 
と、官渡絡みで随分量を語りましたけれど…。他にも気に入った部分を少々。
曹操と袁紹の対決より前には、劉備が自ら出陣もしてきた曹操軍に為す術なく潰走し、せっかく手に入れた徐州を追い出されてしまったのですが…。その時の関羽のあくまで芯を曲げない姿勢、それと張遼との男気溢れる友情には胸が熱くなりました!!かっこ良すぎてぞくぞくしちゃいましたよマジで。
北方先生、こういう男の世界を描かせたら天下一品ですね…(痺)。忠義に生きる両者が互いを認め合っている姿、素敵です。
 
 
それから悲しい話になりますが…揚州の孫策が毒矢に打たれ、余りに若すぎる死を迎えてしまいました…。
ある意味で劉備よりも自由で、曹操よりも活力に満ちていたであろう孫策。彼についてはもしもっと生き長らえていたら…と思うと、楽しみだったり切なかったり様々な気持ちがこみ上げてきちゃいますね…。
孫家にとっては大打撃ですが、時代は徐々に彼らへも舞台を用意し始めている様。今後の曹操・劉備らとの関わりが注目されますね。
 
 
 
…第4巻の語りたい部分、はこんな所でしょうか。
読み終えてだいぶ経つので、感想ももっとあっさりするかなーと思ってました…が…(汗)。ざっと再読した効果(…)もあってか、やっぱりねな爆盛りになっちゃいました♪(最早言葉もない)…毎度乍らお付き合い下さった方、本当にお疲れ様でした(深々)。
残りの読了分も、近々一気に感想書き上げていきたいと思ってます!!汗だくになりつつ頑張るぞ!!(その意気込みは何なのか)




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2007年10月30日 (火)

北方謙三著『三国志』 三の巻 玄戈の星

アツイ!!アツイですぞ!!この3巻から、アイドリング中だった展開から一気にエンジンかかり始めた様に勢いが増してきました!!


群雄が割拠するにつれ、巻き起こる戦や権謀もだいぶ大規模なものになってきまして。呂布は大暴れするわ、劉備はこの上ない屈辱を味わうわ、曹操はあわや寝首(よりも屈辱かもある意味)をかかれそうになるわ、…そして、そんな中孫策&周瑜はめでたく美人姉妹をゲットするわで(笑)何かと目まぐるしい巻でした〜。
特に呂布の勢いは、とどまる事なく…。もうこの巻は、ひたすら呂布に引っ掻き回された巻と言っても良いでしょうね。


流石は三国随一のデストロイヤー・呂布。劉備を引っ込ませ、袁術を蹴散らし、曹操をして尚大いに苦しめる…その脅威を、十分過ぎる程世に知らしめて突き進んでゆきます。
かと言って、目先の欲や俗っぽい野心の欠片もないのは相変わらずで。圧倒的な破壊力を見せつけ他を恐れさすも、愛馬・赤兎と共に戦場を駆ける彼の姿には何処か涼やかなものさえ感じられました。
まるでこの砂と血に塗れた戦場こそが、自らの聖地であると悟っているかの様な。この世にひと欠片の未練もない彼のみぞ持ち得る、荒々しい強靭さをひしひしと感じますね。


この呂布に押し出される様にして、再び原野に放り出された格好になったのが劉備。やっと一州を領したばかりでありましたが…あえなく又、流浪の身へと戻される事となってしまいました。
元々は、文字通り何もない所から始まった道。だけれども、今の彼には…あの時志を分かち合った僅かな仲間達の他に、後からついてきたものも少なくなくて。五千の兵を抱える今となっては、只以前の様な根無し草に戻る訳にはとてもいきません。
何処か、拠るべき所が必要な身になっている―。現実を直視して、劉備は遂に大きな決断を下すに至りました。それは何と、あの曹操の「客将」となる事です――。


これ迄頑なに、「鶏口となるも牛後となるなかれ」の姿勢を貫いてきた劉備。
ですが「志」だけでは守りきれないものが今の自分にはある事、又…それらを守り抜く為に柔軟な考えを持つ事は、決して「志」を曲げる事にはならないという事。これを幾度も自問自答し、悩み抜いた上で…彼は心を決めます。
…それでもいざ曹操と対面した直後、悔しさに唇を強く噛み締めた劉備…。完全臣従ではなくて「客将」という、彼の中での精一杯の譲歩が窺えるこの立場を受け入れる時ですら…煮えたぎる様な屈辱の念が、彼の内からは湧き上がっていて。血が滲む迄唇を噛み続けたその姿に、改めて彼の「志」の強さを見た気がして胸の奥が締めつけられる思いでした。


そして実に印象深かった彼の台詞。

『あの男とともに、天を戴くことはない。それが、私にははっきりとわかる』

…曹操と決して多くはない言葉を交わし、確実に劉備の中に宿ったこの意識。これは最早、彼の「本能」が察知したのだと言える気がします。
そして恐らくは、曹操も殆どこれと同じ事を劉備に対して抱いている筈で。しかし彼の場合はその中に僅か、何とか自分に屈伏する姿をこの目で見てみたい、という…少し歪んだ心理も存在しているみたいです。
ともかくも、互いにどちらかが倒れる迄相対し続けるだろう事を直感した両者…。志や野望を皆迄聞かずとも、肌で感じとる様にしてその事を確信した彼らが、これからどんな関わり方をしてゆくのか見守っていきたいです。


さてそれはそれとして、曹操が対峙しなければならない相手は又別でして。今は劉備を追い出し徐州に陣取っている呂布…を、どうにかしなければならない状態です。
呂布軍の強さは彼自身のあり余る戦闘能力も去る事乍ら、彼の麾下である黒ずくめの騎馬隊。正に「少数精鋭」と呼ぶに相応しい一糸乱れぬ動きで、これ迄何倍もの数の敵を幾度となく打ち破ってきました。
この騎馬隊を攻略しない事には…。そこで曹操、ある「奇策」でもってそれに挑みます――。


この合戦シーンはこの巻の山場!!土煙迄伝わる様な力強い筆で、両者の熱い激闘を描いていました〜。
それだけに、呂布の最期の時に漂う静寂が実に良い対比で生み出されていて。瞬間、それ迄の喧騒が嘘の様に静まった描写が…何とも見事だったと思います。
この後の展開にも進んでいって思ったのですが、北方氏が描く「死に際」は非常に興味深いと言うか…。言い方が上手くないですが、「人」が「物」になる瞬間の時を捕らえる様な描き方に思えますね。直前迄の当事者の心情描写がこれ又半端な勢いじゃないので、余計それが際立って映ります。


さて、正に台風の様な存在だった呂布が敗北し…天下は段々と、それぞれの勢力圏が形作られて参ります。
河北統一をじわじわ進める袁紹、帝を擁するという新たな武器を得て、次は何処を攻めるかじっくり見定めている曹操…。南の孫策も着実に力をつけ始めており、又漢中には五斗米道という「信仰」を武器に出来る勢力が徐々に堅固な砦を築きつつある――。
動き出すのは何処か。そして、それにより流れはどう向くか。これからが面白くなってきそうです。


ときにこの記事、携帯から打っておりますが。
曹操とか劉備とかいった顔触れは漢字毎に区切って変換しなきゃならないのに、関羽だけは一発変換出来ちゃいますよ…!!(相変わらずわからない)
前もこんな事あったなぁ…信長と秀吉は出来て何故か家康だけ一発変換出来なかったという。やっぱりこの選別、イマイチ謎です。



ここから結構読む早さも加速し始めていきそうなので。いける時にガンガン進んでおきます!!



※文中の『』内は、北方謙三著『三国志 三の巻 玄戈の星』(ハルキ文庫)より抜粋しました。

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2007年10月15日 (月)

宇江佐真理著『卵のふわふわ 八丁堀喰い物草子・江戸前でもなし』

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先日の色艶セット買いの少し前に買った健全本です(笑)。
や、って別に吉原や愛人がとんでもなく不健全って話でもないんですけど。


何がきっかけで手に取ったかと言うと、何とはなしにめくった目次頁で出くわした「秘伝 黄身返し卵」なる代物!!(笑)見てぇ!!と一気に興味が膨らんだ訳です!!
これらタイトルにも表れてますが、お江戸の小粋な美味・珍味と人情話を上手い事絡ませた短編連作型作品でした。
ここでの人情は、主にすれ違う想いのもどかしさ…とりわけ、なかなか正面きって歩み寄る事の出来ない若夫婦の姿を、主人公・のぶのちょっとした精神的成長を交えつつ描いています。


のぶは八丁堀の隠密廻り同心、椙田正一郎の元へ嫁いで暫く経つ女性。馴れ初めは突如先方から話を持ち掛けられ、という要は見合い婚な訳ですが、彼女にとって正一郎はいつも道ですれ違う度に胸が高鳴る憧れの存在で…夢の様な縁談話に、気持ちを固める迄いくらも時間はかかりませんでした。
嫁ぎ先の姑も口は悪いが根は悪くなく、舅はのんびり優しい言葉でいつものぶを気遣ってくれる。そして傍らには想い焦がれていた男性…さぞかし幸福に満ちた日々を送っているかに思われましたが…。

しかし今の彼女の心を重くしているのは、あろう事か夫・正一郎の存在。
彼は日頃のぶに優しい言葉ひとつかけてくれないばかりか、少しでも妻として、嫁として至らぬ所あれば…鋭く咎めたて容赦なく詰ります。故に夫の前では、いつもびくびく身を竦ませている日々。未だ子が産めずにいる現実も尚、彼女のつらい心に追い討ちをかけています。
更に正一郎には、実は彼女を嫁に迎える前、是非にもと想い焦がれていた別の女性がいた事ものぶの知る所となっていて。その事が余計に、夫は本意から自分を娶った訳ではないのだろう…だから目に入るだけでも気に触る、疎ましい存在なのだろう…――と、自分自身を追い詰める結果を生んでしまっています。


そんな息の詰まる様な毎日で、彼女の心をすうっと和らげてくれるのは。

『のぶちゃん、どこだい? わし、腹が減ったよう』

のんびりゆったり飄々と、彼女にいつも変わらぬ気さくさで接する舅の忠右衛門。
今はお役目も閑職につき、もうじきしたら隠居願いでも…という暮らしぶりで、結構悠々自適な日々を過ごしている御仁です。
そんな舅殿の何よりもの楽しみが、美味しいものを心赴くままに堪能する事☆文字通りの気の向くままの行動に半ば振り回されつつも、のぶにとっては沈みがちの心を少し晴れやかにしてくれたり、ぽろりと溢れ出そうな涙をすんでの所で止めてくれたりする…かけがえのない「支え」であるのです。



この忠右衛門の「食い道楽」が、物語全体の大きなスパイスになっていて。各話で登場する食べ物も、進行のキーポイントになっていきます。
ここで登場する食べ物は、興味深い事に何と言いますか…大体が、「味が決まってない」もの達ばかりなんですよね。淡雪豆腐とか心太とか…。
中には雑炊の様に、味加減匙加減が調理の際重要になる料理もありますが。でもそれらも味付けそのものに美学や個性があっても、決してそれを前面に押し出す事を目的とした料理ではないんですよ。自分から主張してくる類の味ではない、と言いますか。
つまりは食べる人によって味わいが変わる…もっと言うと、同じ人でも食べた時の心情によって味わいが変わる。そういう食べ物を用いる事で、のぶの心境の変化を上手く描き出しているんじゃないかなぁと思います。


良く食べ物は奥が深い、と言われますが。その深さとは、「味わって」みて初めて分かってくるものですよね。
でも時には、悔し涙と一緒に飲み込んだ「涙味」のものだってあったり。あんなに大好物だったのに、ひとりで食べると何故だか味気ない…と感じたりする事もあります。
そう考えると、「味わう」というのは「心」の状態にも大きく左右されているみたいで。実は結構「味は心ほどにものを言う」とも言えるんじゃないかな?と、意地を張ってばかりののぶを見ていて思ったりしました。


最初は只心を堅くして、正一郎の冷たい振舞いを理由に自らも彼を拒絶していたのぶ。呼応する様に、食べ物に対しても味わう事を拒む姿勢が見られます。美味しくなければキライ、で偏食も甚だしくて。
やがて事態は深刻になっていき、夫婦関係の存続をも問う所に迄発展していくのですが…。徐々に心をさらけ出し始めた正一郎に対して、のぶはまだ心を凍りつかせたままなんですね。
けれども彼女の食べ物に対する感想は、ちょっとずつちょっとずつ軟化していって。正一郎には素直になれずいるのに、食べ物には素直に「好き」「美味しい」と思える事が増えていく。彼女自身にすらその事を気付かせぬ様にして、無意識に変わりゆく心の奥底を描いていた様な気がします。

「風景に色がついていく」という言い回しを借りると、この作品は回を追う毎に「食べ物に味がついていく」様なお話。
必ずしも万人が認める極上の一品ではない食べ物を媒体にして、味わう人間の心の変化をより細やかにみせてくれた様に感じます。


正直読んでいる最中は、のぶの心の傷が深いのも分かるけど意固地だよなー、なんて感じる事もままありましたが…。後になってふとこういう意味合いがあったのかも、と思い直した次第です(笑)。
こういった形で食べ物を凖レギュラー(!?)の座に据えた構成が、思いの外しっくりきていて楽しめました!!


そして結構最後の最後迄目が離せない展開で。忠右衛門のふわふわした人格描写が、ラストの独特な余韻を生み出してくれた気がします!!
うーん読んでいて重々感じてはいたつもりでしたが、それ以上に奥も味も深ーいじいちゃんだったのかも。
好好爺乍らも掴み所のない老人、なキャラ好きにはたまらない人物だと思いますよ(どういう路線へのアピールなのか…)。



何だかんだで読了2冊目の宇江佐真理。やっぱり気になる作家さんです、この人…。
他にもいくつか作品買ってはいるので、順次読んでいきたいのですけど。あぁでも今は借りっぱなしの三国志が……(葛藤)。



※記事中の『』部は、『卵のふわふわ 八丁堀喰い物草子・江戸前でもなし』(宇江佐真理著/講談社文庫)より抜粋しました。



宇江佐真理著『卵のふわふわ 八丁堀喰い物草子・江戸前でもなし』
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2007年6月30日 (土)

北方謙三著『三国志』 二の巻 参旗の星

北方三国志文庫版第2巻の副題は、「参旗の星」。その文字通り、精気と野心漲る武将達が家を、軍勢を、そして己自身を世に知らしめる為、戦場に各々の「旗」を翻す……そんなシーンが多く見られた巻でした。


天下情勢は幼君を手中にし我が物顔で暴政を敷く董卓、そして名家というブランド力を武器に大軍勢を擁する袁紹、辺りがまだまだ強い状態。ですが少しずつ着実に、新興勢力の胎動が目に見え始めてもいます。
とりわけこの巻で序盤の大きな転機を迎えたのは呂布、曹操、後は孫堅の嫡子孫策であったと言えそうですね。


まずは呂布。彼は又も…と言うか早くも…と言うかやはり…「父子の契り」を交わした主君・董卓をさらっ、と手にかけます。1度決めたら迷わず首をすぱっ、と殺ってしまうのが、どうも彼の無意識的スタンスである様。
お陰で後釜を狙う者達にとっては格好の好機。董卓の暴政に嫌悪を抱きつつも、戦をすれば滅法強い「目の上のたんこぶ」呂布を恐れていただけに、これを契機に都(長安)の覇権争いが表面化していきます。
しかし彼らの心根は、押し頂いている筈の帝や漢王室に対する忠義の心とは程遠く。その争いは、単に剥き出しの権力欲をぶつけあっているだけの様なものでした。

で、この件の立役者?どころか、その気になれば自ら董卓の座に身を置く事だって出来た筈…の呂布なのですが。そのどちらにも興味を示さず、これ又さっさと長安を去ってしまうんですね。
理由は単純、「居る意味がなくなった」――。元々董卓を手にかけたのは愛妻・瑶の心身衰弱を引き起こした事から始まる不信の結果であり、その瑶もやがて世を去ってからは…彼女が「いた」、故に「いない」事も痛感させられる長安の地に、これ以上止まりたくはなかったという事の様です。

呂布の他者に対する心情というのは、どうやら相当に二極化している様でして。敵か、敵じゃないか。常にこの2択を繰り返してきている気がしますね。
「敵じゃない」と判断すれば、害がないと同時に興味もない(笑)ので、やりたい様にやらせておく。しかし一たび「敵」と判定した途端に…身内だの主君だのという「肩書」は、彼の前では何の意味も持たなくなってきます。
単純な分類ではあるのですが彼の場合、多くの人が多かれ少なかれ見せる「執着」をどちらに対しても殆ど見せる事がない為に。何をしでかすか分からない、という危うさが常について回ってます。とはいえ憎めないキャラではあるのですが。


呂布にとって「味方」と呼べる存在は己自身と、自ら鍛え上げた麾下500騎の騎馬隊、そして愛馬赤兎と…想い出の中の瑶。それさえあれば他はいらぬ、とばかり、彼は誰に媚びへつらう事なく乱世に身を投じているのでした。


そして曹操は。誰もがその規模の大きさ故尻込みしていた青州黄巾軍・百万を、見事打ち破る事に成功致します!!
綿密な下調べを重ね、慎重さと豪胆さを併せ持った采配を行い…いかにも曹操らしい順を踏んだやり方で、途方もない数の敵を倒したのでした。


それにしてもいやぁー、流石は(?)広大な中国大陸!!宗教集団として集まったその数、何と百万でありますよ!?
老若男女含めてとはいえ、このスケールは桁外れですよね。何だか妙な所で感心させられてしまいました。
対する曹操の軍は、僅かに3万を超えるか…程度。とは言え大勢力として知られる袁紹の軍ですら、十余万を数えるに止まっているのを考えると…黄巾軍の結集力というのが、より浮き彫りになってくる感じです。

この圧倒的数的不利を打開するには、先ず敵の本質を知る事。
百万というぶ厚いヴェールの奥にある、黄巾軍の真の姿…それを見極める迄曹操は間者を放ち、熟考を重ね、小競り合いを繰り返し…辛抱強く「機」を待ち続けるんですね。
そして敵方大軍勢の内精鋭は一割足らず、更には大所帯故に彼らのアキレス腱は「兵糧調達」にあり――。っと見抜いた後でも尚、いざ決戦へとなる直前迄曹操は自問を繰り返します。この悶々と続く葛藤を熱い筆捌きで描く北方氏の手法、個人的には大好きですね。人間臭さが感じられて。

こうして黄巾軍との戦いに勝利を収めた曹操でした。が――間を置かずして部下の裏切りに遭い、この事が彼の心理にも暗いものを落としていく様な予感です。
今はまだ、それは些細な染み程のものではありますが…。元々有能な人材を登用するのが好きな人物でもあるので、何処かで軋みが生じてきそうな気も。気になる所です。


孫策の方はやっと天下に我らが旗を翻すぞー!!って所で終わったので、次巻以降漸く動き出すんでしょうね!!
にしても策兄…北方氏の描く猛将達の例に漏れず、凛としてカッコ良い若武者であるだけに!!何とかこの姿をもっとみっちりたっぷり見せて貰えんでしょうか…!!(何に対する交渉なのか)
まだどうしても曹操や劉備と比べ、孫兄弟の描写は少なめですね。まぁ事情も慌ただしいので仕方ないのかもですが、心なしか前述2者に比べ側近達のキャラ作りが薄い様…にも!?目立ってるのは周喩位な気もします。それもこれからかな。


時に劉備。今巻はそれほど話のメインには現れてきませんでしたが、見えてきちゃいましたよ…腹の奥の奥のトコロが!!(爆)
…「徳の人」との評判高まりつつある彼ですが、なかなかどうして腹の中身は黒い子ちゃんと申しますか、人並みの野心は持ち備えていると申しましょうか…。色々と頭の中では算段を巡らしている様子。
まぁその辺本人も何となく自覚があるらしく、「おれはそんな良いコちゃんなんかじゃないやいー!!」と関羽辺りに泣きついてる姿はそれで結構かわいいものもあるんですが(爆)…え?これも相手の思うツボ?



こんな感じの第2巻感想。結局好き勝手書かせて頂きました…。
さてそろそろ、各人物達のキャラも固まってきた所で気になるあの人☆の存在も出始めておるのですが。


……私、夏侯惇が好きかもしれませんです……(ポッ)。


読み始める前から気になってたのは張飛だったんですけどねー。や彼の事は勿論好きではあるのですが!!
ですが惇のいぶし銀的魅力っていうんですか…!?いつだって気付くと傍にいてくれる静かな男気っていうんですか…!?そんな彼に惹かれちゃってしょうがないです。
最近では本編でちらとでも惇が出てくる度、胸高鳴る自分がいるんですが…。えっ、これって。恋?(痛)



さてこれから3巻読みまっす。



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2007年5月20日 (日)

北方謙三著『三国志』 一の巻 天狼の星

本を読んだのもかなり久々なのですが…。
ひょんな事から貸して頂ける事となった、北方版『三国志』の感想をば少々。
 
 
『三国志』と言えば、中国歴史作品の代表格のひとつで。
正史や演義とは又別に、過去名だたる歴史小説作家が筆を執ってきたジャンルでもありますね。
北方版は、それらの中では新しい時代の作品に分類されるのでは?スミマセンうろ覚えですが、単行本が刊行された当初相当話題になっていたのを良く覚えています。
 
 
で、読んだのは文庫全13巻の内の第1巻。
まだなぁんも進んじゃいませんよー(笑)。
中核となる劉備・曹操・孫堅は、まだまだ筵織りや青年隊長や地方豪族な身分で。この巻では、まぁそこからそれぞれのペースで1歩か2歩、他を抜きんで始めた所かな…?といった具合です。
 
天下では宦官をはじめとした腐れ官僚達がはびこっており。帝とはいても名ばかりの存在、漢王朝は最早斜陽の時を迎えようとしていました。
さすれば国は傾き、世は乱れる。現在の地位に胡座を掻いてやりたい放題の役人達により、国はじわじわと荒廃への道を辿り始めます。
彼らの暴政に不平不満を抱くのは、被支配者の民衆ばかりではなくて。有能な人物を見出そうともせず、国を良くしようとも思わない国吏達を歯噛みして見ていた地方の有力者達――やがて彼らは「我こそが」と、大なり小なりの野心を抱いてその姿を世に現し始めるのです。
 
 
国でも会社でも何でもそうでしょうが、傾き始めた時に先ず試みるのはその建て直し。
現在の仕組みを保っていく事を前提として、問題点を修正・改正する方向で再建を図っていくと思います。
しかし最早、いよいよそれではどうにもならなくなった時…。欠陥部を塞ぎ続けるだけでは限界が見えてきた時、土台そのものからひっくり返して作り直そう――これが所謂「改革」の思想だと思うんですね。
この潮時の見極めはいつも肝心で難しく。先見する力や行動に移す時機の他、運や時勢や…あらゆる要素が瞬間に混じり合って「結果」を生み、又先へと歩みを進め今日迄続いてきた訳です。
 
 
作中に登場する人物達は、皆この「機」を見極める事に何より神経を注いでいるんですね。それぞれのやり方で、それぞれの考え方で。
「機を見逃さぬ事、それを掴み損ねぬ事」――文中幾度も形を変えて出てくるこの表現、自身にとっての「今だ」の瞬間を逃さぬ様、男達は常に目を光らせています。
中でも先に挙げた三傑の、「機」に対する向き合い方は三者三様で興味深いですね。何処かなるようになるさ感が残る劉備、いつかくる「今だ」の時に備え静かに足場を固めている曹操、訪れた「機」が「好機」であると見るやいなやそれにひらりと飛び乗っていく孫堅…。
それぞれのフットワークの違いがこの巻では如実に表れていて、序章としてなかなかに気をそそられる展開でありました。
 
逆にこの時点で、「今だ」と動いた董卓、動き出さんとしている袁紹…三傑が「待ち」の姿勢でいる中、彼らの動きがかなり作中で目立った印象を残しています。
この力関係の変化をこれからどう描いていくのか、今から楽しみですね。
 
 
文章のスタイルとしては、常に誰かしらの視点から話を描く三人称形式でありまして。その目線の元となる人物が様々入れ替わり、彼らの主観と時々の感情を多分に盛り込んで綴られる物語となってます。
三傑に加え、呂布や袁紹辺りも加わって、スクランブル乱世絵巻みたいな構成になってますねー。
そして彼ら個々の視点に立った時の、北方氏の筆が…ね。あっついんです、とにかく。
私は北方氏の作品を読んだのはこれが初めてなのですが、一字一句に魂が宿ってるかの様な勢いが感じられるんですよねー、この作品には。割と短めに区切られている文体も、その効果に一役買ってるのかもしれませんが。もう呂布視点の時なんか全力で呂布ってるのがありありと見て取れて、こちらも引き込まれちゃいます。曹操の時も凄かったなー。
これから登場人物も増えるにつれ、氏の筆捌きにも注目ですねー。
 
 
まぁ個人的見解を言うならば。おぼろげでも、三国志のメイン人物について多少知識がある方向け…な作品である気も致します。
かくいう私自身、三国志は本当に所々の聞きかじり知識しかないものでして…。故に結構、人物像を掴む上で描いて欲しいと感じた部分がさらっとなぞる程度だったりしてた印象も受けたので、なぁんとなくこういう人だっけなー位の認識はあった方が良いのかなぁとも思います。
性格なんかは読んでく内に分かりますけど、立場とか背景とかの描写量は結構波があったので…。これから出てくる部分なのかもしれませんが。
それと背中合わせみたいな格好で、三国志の知識が豊富な方や自分なりのこだわりを持ってる方なんかには、気になる所が見つかると結構引っかかっちゃうかも…。割と勢い重視で進んでいる感じもありますので、ね。細かい部分に目をやってみると…。
まだ1巻読了時点での印象なんで、この先筆が乗ってきたら又違って見えるかもしれませんー。
 
 
 
あいた、リハビリ感覚でさらっと書き流すつもりが…スミマセンいつもの爆盛りになっちまいました(苦)。
えぇとこの筆量で13巻分語れるかは何とも言えませんが(汗)、一先ずシリーズ読破に向けて、頑張りまっす!!




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2007年2月16日 (金)

新田次郎著「まぼろしの軍師」 (『武田三代』内収録)

何とも味わい深く、静かな感情がずしりと響いてくる作品でありました…。
 
 
武田信玄の名軍師、として、今や広くその名を馳せる山本勘助。
何となく聞いた事あるなー位のも合わせれば、相当の人々に知られている人物ではないでしょうかね。今年は特に"旬の人"としても又。
ところが彼の人物像について…は、実は謎とされる所が多く。『甲陽軍鑑』という書物にその存在が記されてはいるものの、他に確固たる裏づけとなる資料もあまり残っていない、突き詰めれば本当にいたのかどうかさえはっきりしない「まぼろし」の部分を強く秘めた人物であるのです。
 
 
…おそらく全くの「架空」と迄は言えないでしょうね。只「真相」がどうかも疑わしい。
そんな謎の存在・勘助の「真実」を求め、辿った先で「虚構」を知り、やがては「幻想」を生み出してゆく──。
作品を読み終えた後、「まぼろし」という言葉に含まれる真の意図を感じさせられた気がして、思わず唸らせられたです。
 
んー迂闊に語るとネタバレっぽくなっちゃうので、奥歯に物が挟まった様な表現にとどまってしまい恐縮なのですが。
只勘助云々抜きにしても、現実の程良い冷たさ、人間の心の内にある矛盾が結構短い中に凝縮されていて印象深い作品でありますね。
 
 
どちらかと言うと異聞記的な作品で(勘助の存在そのものがアレなのでそう呼ぶのも若干違うかもですが)。ですがその中にはちらちら、著者が強く抱く自身の武田史観が散りばめられている気がします。
 
 
『武田軍は、武を重んじて、口を重んじない』
『お館様(信玄)は軍師とか軍略家というような者を、ひどく嫌っておられた』
 
 
こういう武田家像、信玄像を土台にした上で、そこに「山本勘助」という苗木を植えてみた様な。素材に踊らされず過度にうがった見方もせずな筆致は、結構読んでいて良い印象を受けましたね。
 
 
勘助礼讃!!な世の風潮からはちとズレますが、文体がまっすぐなのでそうヒネた気持ちにならず読めると思いますよー。
他にも読み易くて面白い短編が揃ってますのでこの『武田三代』、今かなりハマり気味です!!
 
 
 
※文中の『』部は、新田次郎著『武田三代』(文春文庫)内収録「まぼろしの軍師」より抜粋致しました。
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2006年12月19日 (火)

藤沢周平「檻」シリーズ

シェアブログbookに投稿
このシリーズの初巻を買ったのは、だいぶ前。その後暫く頁をめくることなく放置してました。他に気になる本があった、というのも多分にあったのですが、藤沢作品は読み出したら止まらなくなるぞ、という予感がしてたのですよね。
…そしてその通りになりました(爆)。
 
全話短編からなる連作型のシリーズ。なのもあってか1週間足らずで全4巻、一気に読み終えちゃったです!!
随所に藤沢作品らしい情緒が漂う良作でした〜。
 
 
主人公は、立花登という青年医師。彼の叔父は江戸で開業医を営んでおり、故郷でその話を聞く度に医師という道と華やかたりし江戸の街への憧憬を募らせていった彼は…やがて医学を志す者となり、単身叔父の住む江戸へ上京する決意を固めます。
が、待っていたのは思い描いていた理想とは似ても似つかぬ…生活。胸奮い立つ様な命の尊さを実感出来る瞬間など滅多になく、そこそこ腕は達者乍らも飲んだくれの叔父は向学心に薄く、しかもそこにつけ込まれる形で叔母とひとり娘(登にとっては従妹)の尻に敷かれている…。登が長年抱いてきた溢れんばかりの希望は次々に世知辛い現実に姿を変え、小さくない幻滅を覚えるのです。
 
そんな彼が叔父の代わりに勤め始めた、小伝馬町の牢医者の仕事。
牢の中で出会う様々な出来事や出逢いを描き乍ら…少しずつ、登自身の人間的成長にも触れていく展開になってます。
 
 
短編連作型のこのシリーズ。各話の基本は、事件めいた事柄に牢医登が首を突っ込んでいく内、結構本格的に巻き込まれて…という流れです。
主人公は医者ですが、描写の中心はその職業的方面とは違って。寧ろ藤沢作品らしい、しっとりした人間模様が光る作風になってますね。
牢屋に入る様な人々は、やはり胸の中に一癖も二癖もある「想い」を抱えているもので。複雑なもの、屈折したもの、一途なもの…それらを独特の湿度を伴って織り成す藤沢節は見事です。
 
それからその囚人独特の鬱屈した空気感、そこに登が持つ青臭い若さが触れ合って、更に味わい深い雰囲気を醸し出している気がしますね。
医学一筋に打ち込んできた若き登にとって、彼ら獄中の者達の住む世界とは…こんな仕事にでも就かない限り、まず関わる機会はないのですよ。そんなかけ離れた世界なのに…登は彼らのその薄暗い世界に、「救い」をもたらしてやりたい衝動にいつも駆られるのです。
元来正義感が強い性分、というのも勿論あるでしょう。けれどそれとは別に、彼ら囚人達のいじらしい程に「人間」として生きようとする様…世間からはみ出し者扱いされているのに、世の人達よりもずっと「人間らしく」生きている様。その姿に、若さ故に持ち得る登の深い感受性が不思議な共鳴をしている様にも感じられます。
何処か余所の世界の出来事と切り捨てられない感覚。こんなに必死に生きてるんだから、その分報われなくっちゃおかしいじゃないか、というもどかしさ──。青年の澄んだ、時に潔癖な目線から見つめた世の哀楽が、実に趣ある筆致で描かれていますね。
 
 
又囚人達の側も、登の無垢な青さを前に…それぞれの「想い」を、彼の中に投影している気がします。
かつての自分や想い人に思いを馳せたり。只、その瑞々しい輝きが眩しくてたまらなかったり。
多かれ少なかれ道を踏み外してしまった人々が、穢れなき青年に向けるそれぞれの「想い」…。ここから漂う哀愁も又興味深いですね。
 
 
後このシリーズの見所は、登と周囲の仲間達を含めた成長模様でしょうね〜。
親友の新谷、従妹のおちえ、彼女の遊び仲間おあき…。登と同年代の彼らも又、壁にぶつかったり、堕ちる所まで堕ちてみたり…若者らしい悩みや葛藤を抱え乍ら、懸命に世の中を生きていこうとしています。
彼らの歩みは、ヒロインのおちえは別にして、全体の中で決して大きな比率を占めてはいません。あくまで脇キャラとしての登場が主体なのですが、しかし一寸ずつ、一寸ずつ描かれるその一歩一歩…終盤で非常に感慨深いものとなって伝わってきますね。
 
 
そこら辺の描写で、巧いなぁ〜と胸が詰まった表現が、以下の部分。
誰しもがきっと通り抜けるであろう一瞬を、実に的確に表していると思います。

どこか猥雑でそのくせうきうきと楽しかった日々。つぎつぎと立ち現れてくる悪に、精魂をつぎこんで対決したあのとき、このとき。
若さにまかせて過ぎてきた日々は終わって、ひとそれぞれの、もはや交ることも少ない道を歩む季節が来たのだ。

(藤沢周平著『人間の檻 獄医立花登手控え(四)』/文春文庫「別れゆく季節」より抜粋)

この瞬間を悟った時って…凄く寂しいの、ですけど。楽しかったあの頃を、後ろに置いていく事なんてしたくない…とも、思うのですけど。
…けれど思い起こす度に、胸の中がじんと熱くなるあの感覚。これだけは、先へ進んでいっても忘れずいられるのかなぁ、って。そう信じ乍ら、前へと進んでいきたいですねぇ。
とても共感出来る一文でした。
 
 
 
…かれこれ10月からあたためていたレビューでした(爆)。やっと書けたー。
今度は「隠し剣」シリーズに挑戦してみようと思いまっす。あの映画のブームが落ち着いた頃にでもね!!(超天邪鬼)

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2006年12月14日 (木)

『お江戸探訪 「忠臣蔵」を歩く』

わわ、あっという間に14日ですよ…!!忠臣蔵語りが全く進んでいませぬ(汗)。
んん〜残り24H切った所で何処迄いけるか分かりませんが、ともかくいける所迄!!
 
 
さて。今回紹介するのは、東京近郊の忠臣蔵縁の地をあれこれ紹介している本。
所謂観光ガイドブックに分類される本ですが、これがひたすら忠臣蔵だけにスポットを当てた1冊でして。ありそうで意外となかった、ピンポイントガイドブックです!!
 
 
先ず内容の構成からして心ニクいんですよ。
目次を抜粋しますと、

コース1 旧江戸城めぐり「刃傷松の廊下」
コース2 愛宕山周辺を歩く「浅野内匠頭切腹の地」
コース3 築地・佃島めぐり「赤穂藩江戸屋敷跡」
コース4 富岡八幡宮周辺を歩く「討ち入りの決意」
コース5 吉良邸跡周辺めぐり「討ち入りの現場」
コース6 泉岳寺周辺を歩く「赤穂浪士が眠る寺」
コース7 麻生・広尾めぐり「47人目の赤穂浪士」
コース8 高田馬場周辺を歩く「堀部安兵衛のあだ討ち」
コース9 六義園周辺を歩く「柳沢吉保の栄華の跡」

…と、ほぼ忠臣蔵の流れ通りに並べられている作り。
なのでそれぞれの場所も、番外編的な高田馬場と六義園を除いては大きく一括りに出来るエリアに収まっております。
文字通り、忠臣蔵の地を「歩く」事にこだわって作られた本ですね。地図や名所案内は、殆どが徒歩散策の目線で紹介されております〜。
 
 
ですんで、読んでいるだけで好奇心がそそられるんですよ。事件の順を追う形でエリア紹介がされているので、より深く忠臣蔵世界に思いを馳せる事が出来るかと。
普通に頭から読んでいっても、十分に楽しめる本だと思いますね。名所紹介を辿っていくのが、まんま物語になるカンジで。
そうして読み進めていく内、散策意欲がむずむずむずと…。是非とも実際に歩いてみたい!!という気にさせてくれます〜。
 
 
そんな風に更に気持ちを盛り上げてくれる訳は、この本に載ってる地図にアリ。
各コース紹介の冒頭にはそのエリアを歩く為の地図が描かれてるんですが、そこにちゃんと散策ルートが矢印で示されてるんですね〜。
で、続く名所案内も大体そのルートに沿って載っているので。これなら私にも歩けそう!!という気にさせてくれます。
 
又、散策ルートが上記の目次の様に細かく分けられているのも有難いですね。
例えば、吉良邸跡から少し歩くと大高源五の句碑があるんだ〜行ってみよう!!とか(コース5)、泉岳寺の側には大石達が切腹した細川屋敷跡地があるよ〜行ってみるか!!とか(コース6)…。何となく行きたいな〜、といった漠然たる思いに、一寸した彩りを添えてくれます☆
状況や好みに合わせてルートを自由にカスタマイズ(?)するのにも、便利な1冊だと思いますねー。
 
 
更に巻末には、浪士達の討入り後の引き揚げルートも細かく記載。
各所でのエピソードも交え乍ら、吉良邸〜泉岳寺迄の道のりを紹介してくれてます。
この道は私はまだ歩いた事ないのですけど、以前吉良邸散策中に出会った地元人っぽい方にこの地図見せた所、うんうんと頷いてらっしゃったので。結構歩けるものなのかもしれませぬ…。よし、いずれは。
 
 
赤穂事件のあらましや浪士関連の余話なんかも、所々で挿入されております。
多分ファンの方にはすっかりお馴染のエピソードばかりでしょうが、やはりルート紹介に乗せて描かれると更に感慨深いものがありますね!!
特に引き揚げルート紹介部は、地図に書き込まれる様にして逸話が組み込まれているので…その分地図は見づらくなってますけど(汗)、浪士達の想いが胸に流れ込んでくる感覚になりましたね。実際歩いてみたい思いに駆られました〜。
 
 
…因みに私がこの本の中で衝撃を受けたのは、コース2で紹介されていた「切腹最中」の存在です…。
内匠頭の切腹現場周辺にある和菓子屋さんの名物…らしく、皮からはみ出る程にあんこが詰まった最中だそうで。ネ、ネタがシュールで笑えないんですけど…(汗)。
切腹の地そのものには、行ってみたいですけどねー。最中もその時…機会がありましたら…。
多分字面で見る程グロテスクな代物ではないと思ってます(笑)。
 
 
 
…何だか何処ぞの回し者みたいな記事になってしまいました(汗)。
そして討入り当日にこのテの本を紹介するというのも、一寸タイミングがズレてますよね(爆)。申し訳…。
まぁ、アレですか、2月の浪士達の命日頃にでも参考にして頂けれ…ば…(苦しい…)。


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2006年12月 5日 (火)

池波正太郎著「決闘高田の馬場」(『武士の紋章』収録)

忠臣蔵強化週間、先ずは堀部安兵衛の作品から!!
…って、のっけから微妙に討入り話とズレててスミマセン(汗)。
 
 
剣の達人として、そして勇猛果敢な武士として、赤穂浪士の中でも人気の高い堀部安兵衛。彼の名を一躍世に知らしめたのが、実はこの高田馬場での決闘でした。
当時「中山安兵衛」であった彼がこの出来事をきっかけに評判が高まり、浅野家家臣「堀部」弥兵衛の養子となって浅野家に仕え…吉良邸討入りにて再び名をあげる。言ってみればこの流れの土台に当たる短編ですね。
話の雰囲気としては、同著者の長編『堀部安兵衛』をぎゅぎゅっとコンパクトにした感じかな。これだけでも十分安兵衛の頼もしさと人間臭さが楽しめる作りになってます!!
 
 
武士としても人としても皆の尊敬を集めていた堀部安兵衛ですが、彼も始めっからそう出来た人間ではなかった訳で…。欲に身を任せ、流れに身を任せて、「志」なんかとは無縁の怠惰な日々を過ごす時代があったのですね。
朱に交われば、の言葉通り、連れの素行の悪さに感化されてしまってゆく安兵衛。何となく楽で、楽しい方へと流される日々…。
けれども。そんな生活の中でも、彼の内の内には「このままじゃいけない」と叫び続ける固い芯があって。その想いを持ち続けていたからこそ…彼はすんでの所で、「けだもの」に成り果てる事から逃れられたのです。
 
 
『「けだものと人間の境は紙一重じゃ。一度この世に生を受けたからには、いずれ死ぬ身じゃ。
武士たるものは、けだものに成り下がって死にたくないの」』
(池波正太郎著『武士の紋章』/新潮文庫 「決闘高田の馬場」より抜粋)
 
 
ギリギリの…本当にギリギリのところで踏みとどまった安兵衛を見て、静かにこう語りかけた老人・菅野六郎左衛門。
彼との出逢いが、安兵衛にとっては運命とも呼べる──大きな転機をもたらすのでした。
 
 
もうね、流石は池波先生!!菅野老人のストイックさがとにかくカッコ良いんですよ…!!
己の信念に背く事なく歩む生き様と、安兵衛に注ぐ厳しくもぬくもり溢れる情愛。菅野老人に対するこれらの描写が、短い物語により大きな深みを与えてくれてますね。
凛とした古武士を書かせたら天下一品の池波先生、見事です〜!!この菅野老人の人物描写があるからこそ、更正〜決闘迄の安兵衛の真っ直ぐさが映えるんだと思いますね!!
 
 
その安兵衛の心理描写も素晴らしいです。特に序盤の流れ流され…けれど最後の一線を前にしてバッと我に返る、この瞬間。「人間」が戻ってくる感じが鋭く伝わってきて、非常に好きですね。
対称的な道を歩んだ男・中津川祐見(この作品では「祐範」になってます)の、最期の台詞も興味深いです。踏みとどまる事を考えなかった男が、最期に残した言葉──。前述した菅野老人の台詞も暗示的に響いて、印象に残りましたね。
 
 
この作品でのメインは彼ら3人と、後はお仙という女性位ですが。他にちらりと顔見せするのが…堀部弥兵衛!!
やがて安兵衛と義父、ひいてはそれ以上の深い絆で結ばれる人物もこの話にご登場で☆シーンは僅かでしたが、剛胆さと茶目っ気が同居してる感じで良かったですよ♪
堀部父子スキーとしては、何気に嬉しいシーンでした〜。
 
 
長編『堀部安兵衛』の方では、安兵衛の荒れ方がこれの比ではないですね…やっぱり。
なだけにそんな彼が変わってゆく様も、よりドラマティックで面白いです。
この話もいずれしたい…!!
 
 
 
…と、先ずは短編作品から語らせて頂きました。
この話が収録されてる『武士の紋章』は、他にも黒田如水とか滝川三九郎とか真田兄弟とか…己らしさを貫いて生きた男達が沢山描かれてますので、そういう世界がお好きな方にはオススメの短編集です〜☆


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2006年10月31日 (火)

司馬遼太郎の「功名が辻」読んでたら

何か無性に「関ヶ原」読みたくなってきたなぁ…。
 
 
丁度読んでるのがその辺り、ってのも大いに手伝ってまして。ふと読みかけだった「関ヶ原」を、今度は読破したいと思ったのですー。
 
まだ上巻しか読んでないですが、面白いのですよ。関ヶ原。
島左近が先ずとにかくカッコイイ…!!
そして主の三成がとてもかわいい(え?)。
「へいくゎい者」と周囲から囁かれ、良い味方にも恵まれてるけど敵も多い三成。彼の理想主義に過ぎる姿勢に歯がゆい思いを抱きつつ、その澄んだ志を愛し忠誠を誓う左近とのコンビがとても素敵なのです。
つか、石田家家中の面々が皆三成大好きなんだな!!ってのがありありと伝わってくるんですよ!!締まる所は締まって、でも信頼感から生まれるアットホームさが何となくあって。
そういう雰囲気が好きだなぁ。
刑部も良い奴だしさ…本当良い友人に恵まれてるよ、三成…。
 
 
確か上巻読み終えた後に続きがなかなか入手出来ず(下巻が…又か)、そのままフェードアウトしてしまったもので…。今度は見かけたら即!!買っておきたいと思いますね。
よぉし今度は頑張るぞー。
 
 
あ!!帚木蓬生の『国銅(下)』はようやっと見つかりましたよ…!!
こちらも余韻が風化しない内に読んでおこうっと。
 
 
今宵は「功名が辻」最終巻を読み耽ります。
ドラマ感想は…今週中には何とか…。

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2006年10月21日 (土)

たずね本。[解決済]

ここ何週間か、無性に読みたくなって捜してるのですけど一向に見つからない本があります…。
…失踪場所は、自分の部屋(爆)。嗚呼…。
 
 
 
しかし不思議だ。何処捜しても出てこないんですよー、読みたくなった、
 
 
柴錬版ちいさこべみたいな設定の本(謎)。
 
 
…確かその本も、行き場のない孤児達を独身男がわんさか抱えて養っている、という内容だった…筈。
只柴錬らしく(?)、その役割を担う男の職業はお侍でっす。
 
んで、立場は同心。なもんで話の流れも子供達を通したふれあい…というよりも、事件が起こってそれを追っかける捕物帖的な方向、になるんじゃないかなぁ。ましてや柴錬ですし(って何が)。
や…だって確か冒頭から、「春をひさぐ」なんてぇ表現が出てきた気がしましたよ(妙に鮮明な記憶)。
って、買った当初数頁パラ見しただけの印象ですけどね。主人公の同心も典型的でないにしろ、人情路線でいくには若干斜に構えていた感じがあったなぁ。
で、子供らも大分物分かりがよい様子。元気は元気なんでしょうけど、身の回りの事を自分達で分担して行ったり、生活が苦しくなったら自分から働きに出たり…。扶養される立場乍ら、自立した集団生活を行っている風でありましたね。
 
そして主人公の剣の腕は滅法立ちます(確か)。そこはやっぱ柴錬ですから(何なんださっきから)。
 
 
…こんな内容の本なのですが、見当たりません(爆)。
や、確かに買った筈なんですけど…なんですけど、こうも出てこないと、立ち読みしただけのを買ったと思いこんでるんじゃないかなんて疑念にも駆られてしまうんですよね(汗)。ありえん事でないだけにコワイ。
只、今回は導入部を少しばかり読みかじった覚えもありますし…部屋の中でごろごろしつつパラ見していた記憶もあるのですけど…。うーん何処いったんだろー。
 
 
…こんな話をここでするのもナンですね(汗)。スミマセン…日記な話で…。
一寸あんまり見つからないんで気持ちを整理したくなったので、ついここに…。又気を取り直して本の山当たってみるかぁ。
 
これで本当になかったら。…買うのもやむなし、ですかね。…タイトル何だっけか(致命的)。

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10/22追記。

見つかりました!!

本の厚さとカバーの書店名の記憶を頼りに捜しまして!!無事発見致しましたよ!!
書名は『貧乏同心御用帳』(柴田錬三郎)、講談社文庫です~。
割と厚めなんで、これから暫くの就寝前のお供になりそうです♪うふっふ。

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2006年10月 9日 (月)

佐々木譲の本が…

買ったまま未読状態の佐々木譲著『天下城』が、
文庫化されてました。
 
 
文庫化が待ち切れなくて単行本購入した筈なんですがね(血涙)。
すっかり放ったらかしにしてしまってました…別な方にかまけてた…。
 
 
お陰で買った頃の期待感が又蘇ってきたので、今読んでるの終わったら次こそ手出します!!勿論買った方の単行本で☆(笑顔)
 
 
 
時にふっと気になって調べましたら。『天下城』単行本出たのが2004年3月…。
文庫化されたのが今年、2006年9月…。

今迄文庫本ばっかり買っていた為、文庫化迄の期間というものを余り気にかけた事がなかったんですよね。この位間空くものなんですなー。
 
 
で、それらを踏まえて現在文庫化待ち中の諸田玲子著「お鳥見女房」シリーズの続編はどうかな、と思い。第1作の『お鳥見女房』を参考にしてみた所…。

文庫で出たのが、2005年7月。
単行本で出ていたのが… …2001年6月!!



えええぇ!?そそそんなにかかってるんですかコレ!?
文庫本で初めて知ったので、まだ新しい作品かと思ってたら…足掛け5年目ですか!!そりゃあ確かにシリーズもあれだけ多く出てるわなぁ。

注目度や人気度によっても左右されるのかもしれませんが。それでもやっぱり2,3年は掛かるものなのでしょう、ねぇ…?
んーだとすると、2003年発行の『蛍の行方』(第2作)がまだ文庫化されてないのを見ると…(汗)。最新作迄文庫になるのは、結構時が経ってしまうのか…当然乍ら。
 
 
 
……単行本で買おうかな(ぼそり)。
Hサンその折は宜しくお願い致します(深々)。

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2006年9月30日 (土)

秋の夜長に藤沢周平

本読みたい。読んでないのは手元に山程。さてどれから読もう…と、思案に耽る秋の夜です(思いつくまま買い漁るからこんな事に)。
 
そいで悩んだ末読むのは、結構前に買った藤沢周平の「檻」シリーズ第1巻『春秋の檻』に決めました〜。
 
 
や、ばい…
どっぷりはまりました。
 
 
…そうでした、藤沢作品は一度読み出すととことんやみつきになっちゃう魔力があるんでしたよ!!今迄何度時間を忘れさせて貰った事か…。
興味あるくせになかなか手を出さなかった、のはきっと、開いたら止まらなくなるのを何処かで悟り畏れていたんじゃないでしょうか自分(笑)。
 
 
まぁそんなで見事、何度目かの藤沢周平ブーム到来です…。
読了翌日には早くも次が読みたくなって、本屋で延々探したのですが!!
 
 
……ないんですよ……(滅)。
 
 
悪いのはタイミングなのか運なのか。ないものはしょうがない、と思いつつも襲いくる虚脱感…はぁ。
ともかく暫くこの熱治まりそうにないので、気の済む迄本屋梯子が続きそうですよ…。
 
何かついこの前も同じ事あった気が…あ、帚木蓬生の『国銅』下巻を探してる件だ(進行形)。あれも何処行っても見あたらないのですよ…一寸前迄どっかり平積されてたから油断してたなぁ(笑)。
私、変にしわい所があって、シリーズものの小説は読み終えてから次買う傾向にあるんですね。読み切れないかも分からん思って(爆)。この時ばかりはちと後悔…です。
 
 
その反省を生かして!!今度行った先で「檻」シリーズ見つけた暁には、絶対ありったけ買い占めてやるんだから!!
 
 
 
ありったけ買い占めてやるんだから!!(振り向き様にもう1度)

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2006年9月18日 (月)

永井路子著『一豊の妻』

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初めて永井路子作品に触れました。戦国女性を題材にした短編集です。

いやぁ、これを読んでる限りだと、随分独特の人物描写をする方ですね~実在人物に対して。
反骨精神…と迄言って良いのか分かりませんが。春日局やお江、秀忠や一豊辺りの描き方を見ていると、何がしかの「意図」を感じさせるものも含め定説にはすっぱり背を向けている印象を受けます。まぁ淀殿なんかは割とまんまでしたけど。
ですんで、「歴史人物」として真っ正面から捉えるのはやや危険かなぁ。基本的には逞しく(女性も)、骨太で(寧ろ女性が)、意外な程情の薄い戦国人達、という描写に徹していますね。
只、この人格設定が各話の中で瑞々しく生きているのは事実です。どんな時でも挑戦的でめげない女性達が、短い話にメリハリと躍動感を与えてくれてました。「短編作品」として見ればかなり面白味ある作品揃いではないでしょうかー。

んでは。ここからは作品一つひとつについて、私なりの感想をちょろっと。

「御秘蔵さま物語」
徳川家康の側室・お勝の方の話。のっけから所謂「女」になる為の行為…から始まっててどっきどきでした(笑)。トップバッターのしかも出だしからこれって…!!
七転び八起きな人生を文字通り「勝気」に渡り歩いていく様が、何ともエネルギッシュでしたよー。やがて「お勝」という名に辿り着く過程も、とにかく体当たりな感じで。
そして全編通して貫かれる、「何処迄もドライな現実主義者」としての戦国人描写…。この話で真っ先に提起され、恐らく次の「お江さま屏風」と並んで随一に顕著である様にも思えます。松平正綱の室であった時に、家康から側室の申し出を受けた時の夫婦の反応といったら…!!
強いんだなー戦国の人って、と半ば呆気に取られて見ておりました…。そしてその様子はこの先各所で見られます…。

「お江さま屏風」
続いて秀忠正室・お江の話。こう迄も薄情で淡泊なお江というのも、思い切ったモンですよねー(笑)。
いつだってのったり構えているのに、気付けば姉妹で一番の勝ち組に…。才があるのに坂を転げる様な人生を送った、お茶々との対比が印象的でした。
両者の最後の対面シーンで、お江が見せた素振りは…ひやりとした「女の怖さ」を感じた気がしましたね。薄ら寒い程の無機質さがありましたよ。
周囲の喧噪と対照的に、波風ひとつ立たない彼女の心情。妙な余韻が残りましたねぇ…。

「お菊さま」
数奇で謎めいた「お菊さま」の生涯について、姪にあたる秋姫の視点から始まる話。私この辺詳しくなくて申し訳ないのですが…有馬直純が家康の曾孫・国姫を娶るに辺り離縁した女性の事である様ですね。
作品は2部構成的な作りになっていて。漠然とした伝え聞きから見る菊姫像と、ほんの少しだけ真相に接した側からの目線がそれぞれ興味深い味の違いを生み出してくれてます。
全ての真実は只「お菊さま」の胸の中。それでも違った立場から彼女を慕う女性2人の想いがほろ苦いですね。

「あたしとむじなたち」
これは全体の中で、一寸毛色が違うかな。背景にあるのは本多家の宇都宮でのあの事件…なのですが、田畑の道はずれに住む百姓娘の目線で話が展開していくので。歴史ものより女流時代短編としての色合いが強いです。
ここで中心人物となる百姓娘、やっぱり気が据わってて逞しいのですけど、他の女性達よりも感情の動きが細やかに描かれてるのが興味深いですねー。なので他の作品に比べて、人物の気持ちに沿って話を追う事が出来たかなと。
「むじな」というのは人に化けると言われている動物ですが、狸よりもその出来は詰めが甘いそう。この表現がいやに象徴的な部分で使われているのが、後々胸にぐっと響いてきます。

「熊御前さまの嫁」
家康嫡男・信康の娘…つまりは家康の孫娘、熊御前。まぁ全体通して力強い女性達が揃ってる今短編集ですが、この方は又群を抜いて肝がふっといですよー(笑)。
ふてぶてしい迄に乱世を闊歩する女性の姿を、何処かシュールさすら感じられるタッチで描いています。只無邪気に、悪意なく、周りを掻き回してゆく様には…笑いも凍りつく感じですね。
何の因果か彼女に歯車を狂わされる形となった、坂崎出羽の悲劇も印象に残る話です。黒い運命に翻弄されるのが真っ直ぐな心根なんて…やるせない…。

「一豊の妻」
この一豊は、何とも食わせ者ですよー。まぁ今の大河で原作の司馬先生版の彼は、これ又あんまりだって位のへなちょこ様ですけど(笑)。
世に広く浸透している「賢妻・千代、凡才・一豊」の構図は、実は一豊自身による周囲の妬みを避ける為の隠れ蓑だった…というパターンの山内夫婦話でした。「女は化ける」との一豊の言葉は、言い得て妙!!(笑)
夫婦仲としては両者、決して円満ではありません。互いに腹に一物抱えた静かなるバトルを繰り広げるのですが、千代さんが乙女ちっくにかわいらしいんですよねー。何で今作品中一番、微笑ましく見られる話でした~。
現実の「結婚生活」で感じた、理想とのギャップによる幻滅…も、妙にリアリティある心情描写で笑えてしまったです(笑)。お互い似たり寄ったりなレベルでぐちぐち言ってるのが楽しい(笑)。

っとー。全体として、何処か斜に構えた雰囲気漂う作品群でしたねぇ。好き嫌いは分かれるかもしれません。
その内に、同著者の『北条政子』(だよね?)も読んでみたいな~とは、思うのですが…長編は流石に、もう少しストレートな描写があって欲しいかも(笑)。興味深くはありますけどね。


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2006年9月17日 (日)

藤沢周平著『本所しぐれ町物語』

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読み終えたのは大分前なんですけどね…。個人的にも思い入れの深い藤沢作品のひとつです。

作品の舞台は、江戸本所の「しぐれ町」。実際には存在しない架空の町です。
そこには様々な人々が住み、日々を過ごしていて。そんなそれぞれの様を町内ぐるりと巡る様な流れある筆致で描いている、連作短編集です。

この短編集、個々を取り出してみれば、主役は「人」。どこから読んでもそれぞれ話としては完結します。毎回コンスタントに顔を見せるのは大家の清兵衛さんと書き役の万平さん位で、後はどの話でも中心人物は様々。
しかしその中で、少しだけ後を引っ張る事柄があって。些細な噂話やご近所との会話といった、個々の作品内では直接関わらない「彩り」な部分である事柄が、次やその次の作品では主軸として扱われていたりします。それらが積み重なって繋がっていく内…目の前に、町としての「風景」が広がっていくんですね。

道行く町内の人々は皆顔見知り、けれどそう深く立ち入る間柄という訳ではない…。「ご近所さん」としての挨拶を交わし、そのまますれ違う人々。
互いの胸にはそれぞれ抱える事情があり、悩みがあり、想いがあります。しかし互いにその事に触れたり関わったりはしないまま、季節は流れ…人々の「営み」は続いていきます。
大抵の場面で顔を出す清兵衛さんも、あくまで「大家」として人々から助力を求められての接触であって。彼の目線による描写が中心ではあるものの、彼が「全体」の中心である訳ではないんですね。中心は何気ないご近所同士の会話の「連鎖」、そしてそこから紡ぎ出される町の「風景」。
…そう、それぞれの話の主役は「人」、でも全体通して読み終えた後…独立した「人」の物語が織りなす、「町」が主役になるのです。

この人と人が行き交う瞬間に描写の中心が入れ替わる…という展開の仕方が、非常に巧みだと感じますね。繋がっていない様で何処かで関わっている、「風景」の中の「人々」の描き方に自然な立体感があります。
中には連載作品の様に少しずつ状況が展開していく事柄もあって。読んでいる側としても動向が気になりますし、又その進展に伴い作中の「ご近所さん」達の視線が変化していくのも、「生きている」町の雰囲気が感じ取れて印象深いですね。
俯瞰的に眺めても、場面をひとつ切り取っても、そこには常に「物語」が存在する作品でした。

作品のテイストとしては、藤沢作品らしく全体にじわっと湿り気漂う雰囲気が表れています。けれどその合間に感じられる穏やかな温もりが…醸し出すギャップとも相俟って、非常に味わい深いものになってますね。
暮らしの何処かに潜んでいる暗い世界。その影が時折人々の生活にちらついたりしつつも…尚一筋の光を感じさせる、あたたかな余韻。このほんのりした情景に出会えると、ああこの瞬間が人生でいう「幸福」なのかな…と、じんわり染み入るものを感じます。
生きていく事って凄く辛いのですけど。ですけど、もしかしたら、そこに暖かさがあるからそれでも生きていけるのかもしれません。
移ろいゆく季節を感じ乍ら最後に清兵衛さんが胸に抱いた想いが、そんな暖かな部分をとても的確に表現してくれていて。いつまでも心に残る言葉でした。

藤沢周平は侍ものもとても好きなのですけど、こういう市井小説が非常に好みですねー。さりげない言い回しにはっとさせられ、魅せられますよ。
特に後期になるにつれ、じっとりした中にもいくらかの救いが見出せる作風が増えてくるので。その静かな人情描写がたまらないです。
 
 
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2006年9月 3日 (日)

坂東眞砂子著『善魂宿』

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坂東眞砂子と言えば、一寸前に子猫のコラム?で物議を醸しましたよね。かなり強烈な話で…うぅん出来るだけ刺激の少ない人生を送りたいと望んでいる甘チャンな私には、些か心情を量りかねる内容でありました;
その流れに乗っかる…訳でもなかったのですが只単に放ったらかしにしていた記事ネタをコレで思い出したもので(笑)。前に読んだ彼女の著作『善魂宿』について、少し語ってみたいと思います。…多分4月頃読んだ本だ(汗)。

主人公は山奥にひっそり暮らす母子。ここには時折、山道で道を間違えた人々が案内を求めてふらりとやってきます。そこで心ばかりのもてなしをした際、旅人が語るそれぞれの人生、思い出…悲喜こもごものそれら様々な物語を描き乍ら、母子の心情の機微に触れる連作短編集です。

…っと銘打たれましたら、そりゃあ母子と旅人の一期一会なあったか交流話を思い浮かべやしませんかね!?(迫)…知らなかったんです、私、坂東眞砂子というホラー作家の事を……(沈)。

旅人が語る思い出話というのは、なかなか結構強烈です。目の前で遭遇した生と死の現場や、甘美で官能的な倒錯の性の世界…まぁ大体がこっちの路線なんですが(笑)、どれも凄くのっしりした、ウェットな重みが伝わるんですね…。
どの話に出てくる人々も、自らの「生」を鬼気迫る勢いで貪っている感じ。だから目を逸らせぬ奇妙な引力があって、それが時に恐ろしく、重い。
こうも本能的な人間の描写をされると、その迫力たるや凄まじいものがありますね…。寒気がする位人が壮絶に「生きる」様を見せつけられます。
死の瞬間ですら、その人が「死ぬ迄生きていた」事を遺す様な筆致に只、息を呑むばかりでした。

はじめは単発的だった個々の物語、終盤それは母子に関わる過去話へ向かう様相を呈していきます。そしてそれは母の物語へと…。
まだ母が幼かった頃、今の場所は一族達が群を成して共に暮らす大きな「家」であって。長きに渡り集団の中での「和」の生活を疑いもしなかった人々が一人、またひとりと「個」に目覚め、群れを捨てて山を下りる様…。各話の中で断片的に語られていたこの「家」の過去を、母が静かに紡ぐ様子が何とも物悲しかったです…。
あんなに絶えて止まなかった笑い声も、もうない。多くの人に囲まれ日々を営む事は、もうない。
自分の名を呼ぶ人々も、もういない…。母の傍にいるのは彼女を「母」と呼ぶ子供だけになり、彼女の「名」がこの空気中に吐き出される事がなくなったのだと感じた瞬間…心の空洞を感じる様な、しんとした哀愁が伝わってきましたねぇ。
子供の「名」に隠された意図に、彼女がここ迄「家」に居続けた事への多くの想いが込められている気がしました。最後の母子の会話は切ない…な。

冒頭に記された、「餅のなる樹」伝説の断片…改めて読み返すと、非常に深い言葉ですね。人間の欲望が、進化だけでなく大きな破壊も招く暗示が…ぐっさり刺さります。
この作品、作中にはっきりした時代設定は表れないのですが、維新志士の話を生き証人として語る老爺が登場する所を見るとまだ明治かそこらか…の頃だと思うのです。その頃既に山奥で「過疎化現象」が起こっていた事への描写…うっすらモデルがあるという話しか知らないのですが、深刻な悲劇は随分早くから密かに生まれていたんですね…。
正に「餅のなる樹」の逸話が物語る展開。人の欲望が「不自由のない」から「自由な」だけの物を得る事を欲した時、その世界に変化と歪みが生じるんでしょうね…。
西欧にも古くから戒めとして伝わる「アダムとイヴ」の話がありますが。限りなくも抗い難い欲望に対する恐れというのは、いつの世も変わらないのでしょうか。
現在では更に拍車のかかっている過疎という社会問題、残った人側の視点で見た事で改めて憂いがこみ上げてきました。
 
……只ねぇ、母と兄の話は…いくら何でも、とノーマリーな私は悪寒が走りましたが(汗)。しかし昨今巻き起こった著者絡み騒動の顛末を見ていますと、嗚呼…妙な得心が(笑)。ま…こういう人生観の人だったん、だな…。
 
恐がりな私には少々刺激の強い作品でしたが。奥行きは大分深いので、生臭い人間描写が平気でしたら一読の価値はあると思いますよ。
因みに私、コレ読んで同作者の『山姥』に興味持ち始めてたりしてます(懲りてねぇ)
 
 
 
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2006年5月25日 (木)

諸田玲子著『お鳥見女房』

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かなり久々の単独読了本レビュー。この週末、読みかけだった本達をちらほら読み終えましたので。その中でも、個人的に光るものを感じたこの作品について少々。
胸がほっこりあたたまる家族愛物語でした!!

「お鳥見」とは、将軍家が催す鷹狩の準備全般を執り行うお役目の事。幕府の威信に関わると言っても過言ではない鷹狩の行事を、些かの綻びもなく成し遂げる為の言ってみれば裏方さんです。
このお話の舞台となる矢島家は、代々この御鳥見役に就いてきた家柄で。現主人の伴之助と妻珠世、年頃な4人の子供達(内1人は他家に嫁いでますが)、それに隠居の身である珠世の父・久右衛門…という、なかなかの大所帯で日々を健やかに過ごしております。

そんな矢島家に、ひょんな事から2組の居候が転がり込んできます…。先ずは石塚源太夫と名乗る巨漢の浪人。
故あって脱藩したというこの男、現役時代の久右衛門とたった1度だけ酒を酌み交わしたそのつてを頼りにやってきたのですが。その彼の頼みというのが、仕官が決まる迄自分と子供を住まわせて欲しいとの事…。国を出てから先何の当てもなく各地を渡り歩き、このままでは親子共々食いはぐれてしまう…というギリギリの状態に迄陥ってしまったそうです。
決して余裕のある扶持取りではない矢島家ですが、源太夫の心底切実そうな姿、それに何処か人なつこい愛嬌ある人柄…それらを信用し、どうにかやりくりして父子を預りましょう、という話にまとまりました。

がーしかし。2,3人家族が増える位ならどうにかなるでしょう、と思って受け入れを決意した訳でしたが…源太夫に連れられやってきたのは、何と何と5人のちびっ子勢揃い。しかもそれぞれがまだ腕白盛りの年頃なので、良く動き良く食べ良く騒ぐ…。
一気に賑やかな空気に包まれる矢島家ですが、食べ盛りが5人も増えてみるみる蓄えが減っていく事にもなり…一家を切り盛りしている珠世さんの頭を悩ます事となるのです…。

更にそんな中やってきたもう1人の居候。
次男久之助が、通っている道場で出逢った訳あり風の若い女剣士…。聞く所によると、父の仇を追ってはるばる江戸迄やってきたとかで。せめて仇が見つかる間だけでも置いてあげて欲しい…と珠世に懇願する久之助の頼みも又、彼女の境遇を思うと無下に断る訳にもいかず…。窮屈乍らも何とか彼女の同居も出来る形を整えました。
所がー、です。源太夫が脱藩に至った経緯というのが、果たし合いを頼まれ相手を返り討ちにした為でして。現在は倒した男の娘に仇と狙われている、という事実が…。そう、その娘こそが、今はひとつ屋根の下に暮らす女剣士・多津だったのです…。

物語は、家の事を一手に担っている妻・珠世さんを中心に描かれていきます。主人の伴之助が遠方へのお務めで留守にしている間、家の中を切り盛りしているのがこの珠世さん。
突然やってきた6人+1人の居候、連動して起こる部屋割りや食糧の問題、更には仇討騒動…と、立て続けに騒ぎが起こる矢島家なのですが。それらに向き合う珠世さんの姿が…とっても明るく、さっぱりした優しさがあるんですね。
いつも笑顔で、穏やかで、前向きな姿勢。でも何ていうのかな…押しつけがましさとか、鼻につく感じとかが、不思議と全然感じられないんですよ。
家族全体へのさりげない気配りも、時に心配をかけまいと煩い事を胸にしまったりするのも、自己満足や自己陶酔からではなく心の底から溢れ出てくるものなんだなぁ…というのが伝わってくる描き方で。初夏のからっとした日差しの様な、爽やかな温もりを感じさせてくれます。
とても出来た人である上に、自然と傍に寄りたくなる親しみ易さがある珠世さん…その人柄に魅了される迄に、いくらも時間はかかりませんでしたね。

加えてこの作品は短編シリーズでもあり、物語の軸とは別に毎回起こるプチ騒動も持ち味のひとつです。恋模様あり、コソ泥騒ぎあり…。そしてその度に家族の絆が、同居人の面々が「家族」になっていく姿が深く描かれているんですよね。
特にはじめは仇討ちの決意で気を尖らせていた多津が、源太夫の屈託ない笑顔に触れ、子供達の純粋な好意に接し、珠世さんの優しい眼差しに包まれて…少しずつ、心を解きほぐしていく様がとても自然で巧いなぁと思います。
回を重ねる事に様々な味を見せてくれる登場人物達。その深みの積み重ね方は、何だか実際の人づきあいの中で感じるそれに似ています。

どうやらこのシリーズはまだ続きがあるらしく、いくつかの問題は先の話へ持ち越されそうです。
文庫化しているのかは未確認なので…一寸探してみようかな。

最後に。個人的にじんと胸に響いた部分を以下に抜粋。第三話「恋猫奔る」より、すっかり矢島家にとけ込んだ源太夫一家に対する珠世さんの想いです。(以下、諸田玲子著『お鳥見女房』/新潮文庫より抜粋)

それを迷惑と厭う気持ちはなかった。米や味噌なら、なくなれば買い足せばいい。だが、人と人とのつながりは途切れればそれで終わり。その儚さを思えばこそ、せっかく結ばれた縁は大切に育まねばと思う。

…5人の腕白っ子達に食糧を空同然にされ、改築用の蓄えを切り崩す事になっても尚、珠世さんが彼らに注ぐ深い愛情。その心の寛さに感服、です…。
 
 
同じ作品の感想記事を書いてらっしゃるブログ様:
「つらつら読書雑記」/e-tacky様

 
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2006年3月30日 (木)

割り箸事件無罪判決に、宇江佐真理の「おろく医者」を思う

割り箸が喉に刺さり命を落とした子供に対する医師の責任を問うた裁判に、先日判決が下りました。医療的な過失を認めつつも、「無罪」との判決でありました。

事件の概要をざっと記しますと、あるお祭りの日、転んだ拍子にわたあめの割り箸が喉に刺さってしまった男の子が病院に運ばれ、医師の手当を受けます。その医師は塗り薬による治療を施しただけで、子供を自宅へと帰しました。しかしこの割り箸、実は喉の奥深く迄突き刺さった状態で体内に残っていたのです。翌日その子の容態は急変し…命を落としてしまいました。後で分かった事ですが、割り箸は喉を突き抜け小脳に迄達していたそうです。

その医師の責任を問う裁判。結果は「無罪」。理由としましては、「治療内容に不十分な点はあったものの、事件との因果関係が強いとは言えない」との事。男の子の容態は深刻なものであり、たとえ適切な処置が為されたとしても命を救えたかは難しい…よって法による"罪"は認められない、という判断の様です。

恥ずかしい話、私がこの事件を知ったのは判決直前でにわかに世間の注目が集まりだした2〜3日前の事でして。その間知り得た事は事件のあらまし程度でしかないのですが、それでも何となく無罪って事はないだろうなと予想をしていました。
ですので今回の判決には、少なからぬ驚きがあり…感情的に思う所もいくつか出てきてしまいました。

その事でふと思い出したのが、先日読み終えた本『室の梅 おろく医者覚え帖』(宇江佐真理著/講談社文庫)という小説の一幕です。

「おろく医者」とは、この物語の主人公・美馬正哲に対する人々の通称でして。そう呼ばれる所以でもある彼の仕事は、江戸の町で発見される「おろく」こと死体から死の状況・原因を解明する事…今で言う検屍官の様なものでしょうか。その人がいつ、何により、どんな状況で死に至ってしまったのか…死者の想いを汲み取る様に、丁寧につぶさに真相を解き明かしていく正哲の姿を描いた短編集です。
そこに産婆を務める妻のお杏、真っ直ぐな岡っ引き風松、凡庸な同心深町…といった個性溢れる人々も登場し、彩り豊かな人間模様を作中に添えてくれてます。

思い出した場面は、短編「山くじら」での出来事から。
岡っ引き風松と共に行きつけの屋台へ足を運んだ正哲は、店の親父の幼い息子が具合悪そうにうずくまっているのを目にします。その様子から肝臓疾患の気があると見てとった正哲、しかし気には掛けつつも、この時は親父に医者を紹介するだけでその場を去りました。その内に子供の病状はどんどん悪化し…様々な治療も実を結ばず、残念な結果を迎えてしまいます。正哲はある死因調査の席で、変わり果てたその子供の姿を目にする事となり…自らの浅慮を悔やみ、救えなかった子供に対して強い自責の念に駆られるのです…。

「どの道助からない命だった」と慰める風松に、正哲は「だから見過ごして良いという話ではない」と強く言い放ちます。まるで自身に戒めるかの様に…。
何も出来なかったかもしれない、変わらなかったかもしれない、でも…あの時医者としての「誠意」を尽くす事は、出来たかもしれない。それが子供に、僅かでも「救い」を与える事が出来たかもしれない…。正哲のこの嘆きの姿には、医者として真剣に生きようとする者故の苦しみを感じ取れる気がします。

悔しい、悲しい、かわいそう…人間が持つ数多の感情を、裁判の様な法の裁きの場に持ち込みだすとキリがないのだとは思います。確かに今回の割り箸事件の場合、争点となるべきは「治療と死の因果関係」であり、恐らくは色々な状況を踏まえた上で子供の死を「仕方のない事だった」と判断したのでしょう。それ以上の事を、法廷で扱うには自ずと限界があるのかもですが…。
只、「仕方のない事だった」という言葉は、尽くせる手を全て尽くして尚どうにもならなかった時の言葉だと思うんですよね…。今回の判決を受けて「判決には満足だが、治療が不十分とされたのは残念」と話したこの医師に、子供の事を「仕方ない」と口にするだけの資格はあるのかどうか…感情論ですが少し考えてしまいました。

最後に、紹介した短編「山くじら」での場面より、風松に言った正哲の言葉を抜粋。

「人はどうせ死ぬんだ。それだったら医者の手当もいらねェはずだ。手当って何んだ? ん? よっく考えてみろ。苦しむ者を少しでも楽にしてやることよ。それが医者の務めよ。見たろ、あの餓鬼。腹に水が溜まってぱんぱんになっていた。飯を腹一杯喰って苦しいと言う奴は泰平楽だと思うがよ、それが四六時中続くとなったらどうだ? こいつは地獄だぜ。あの餓鬼は小さい身体でそれに堪えていたんだ。おれは切なかったぜ。心底切なかった。もしもお前ェの餓鬼があれだったらどうする?」


今回判決を受けた医師に、果たしてこれ程の悩み苦しみはあったのでしょうか。無粋乍ら、つい思わずにはいられませんでした。

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2006年3月 9日 (木)

本が…。

…部屋に溢れ返ってます。時間潰しに立ち寄った本屋でうろうろし、見るだけのつもりが結局1,2冊手に取りそのままレジへ…の繰り返しで。最近つとに部屋の散らかり様や財布の軽さが目立つなぁ、と感じてはいたのですが、その訳にようやっと気付きました(遅いよ)。
何だかねぇ…散財期とでも言いますか。今を逃したら次はない!!的な妙な焦燥に駆られてしまうこの頃です。
でもまぁ流石に食費を削ると自分の身に跳ね返ってくる事が今回の風邪でハッキリしたんで(笑)、そこ迄切り詰めない様にはしたい所ですが。
 
んで。現在私の中で佐々木譲がアツくなりそうな予感です…!!
 
っつっても、今さっき『黒頭巾旋風録』で初めて読んだばかりなのですが。これがもーもー面白くて。弱きを助け悪をくじく我らのヒーロー黒頭巾(笑)てな分かり易い話なんですが、適度に深みある描写・手に汗握る展開・軽快な筆タッチに何だかのめり込みそうな予感です!!怒濤の展開の後に見せる穏やかなフィナーレが又絶妙で☆結局一晩で読み終えてしまいました…。他の作品も読んでみたいと感じる作家さんですねぇ。
寧ろいっそ時代劇化出来るんじゃないかなこの作品…。
 
この話については、もっと長々語りたい気持ちがありまして。
も少し体調戻ったら、改めて書き起こしてみたいと思います!!
 
後最近読んだ海音寺潮五郎短編集『剣と笛』、再び読み返した藤沢周平『本所しぐれ町物語』も個人的にヒットでして…。その内私なりに語ってみたいなぁなんて。
忘備録ついでにちょいと書き留めておきます…。

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2005年12月27日 (火)

司馬遼太郎著「英雄児」

以前も少し触れた河井継之助。 27日(ってもう今日か)にやる彼が主役の年末時代劇に向けて、司馬遼太郎の原作本『峠』を読みたいと思ってたのですが。
上中下巻で今からじゃ逆立ちしても読み終わらないな、と悟ったので完全読破は諦めました。
でもドラマの前にちょっと予習したいなー、と思って家の本棚漁ってたらこの短編が載ってる『馬上少年過ぐ』(新潮文庫)を見つけたので早速読んでみました。

「英雄児」は河井継之助の生き様を、わりかし客観的な視点で描いている短編です。司馬先生の歴史人物短編ってこういうの多い気がする(私が読んだ範囲ですけど…)。 以前も読んだ事があったのですが、終わり方が凄く印象に残ってて。そこ迄の河井の栄光や崩壊を辿ってきているからこそ残るラストなのかもしれません。 この作品で描かれている河井は、頭が切れて先見の明もある。でも自らが理想とする強力な藩作りを成し得た途端、自身が作り出した力を過信してゆき破滅へと向かってゆきます。ここの辺りがとても人間臭いというか。英雄と独裁者って紙一重なのかなーって思うところです。
自分にとって強力な助けになる何かを手に入れた時、ついそれに頼ってしまう事は良くあると思います。受験の時参考書買って買っただけで安心しきって妙に強気になるあのカンジみたいな。大事を成し遂げる様な器の人は頼りっ放しでなく自らの糧にしていけるんでしょうけどそれが出来れば苦労せんのよって話で。作中で挙げられる"時と場所"とは別に、些細な人間らしさが表に出る度合いというのも、非凡と凡庸の境目になるかもしれませんね。

久々に幕末が舞台の小説に触れて、又その辺の人物への興味が湧きあがってきました。特に佐久間象山が…!!一時期めっさハマったんで、又本棚探したくなっちゃいました。この人もその内映像化しそうですが…もしかしてもうなってるとか?だとしたら見てみたいです。

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